第7話 七神龍の一柱……という話
なんだかあたしも予想もしていなかった展開でお店は繁盛してるけど、それはある種、ルティに乗っ取られた感じで繁盛してるわけですよ。
それはちょっと、店長として情けないというか、不甲斐ない。
ここはひとつ、イリアス・フォルトナー雑貨店の店長として、新商品を開発し、名誉挽回の面目躍如といこうじゃないですか。
というわけで、お店の裏手にある工房で早速作業を始めることにしましょう。
「……ふむ」
作業台の上に置いたのは、一個のバングル。これが、ダンジョンであたしが手に入れた魔導具だ。
効果は肉体(フィジカル)に作用するものだと思うけど……詳しく調べて見ないとわからないわね。
「
バングルに手をかざして調べて見ると……ふむ、筋力を増強させる魔導具みたい。早い話、身につけると力が強くなるってこと。怪しげな呪いの類いは施されてないわね。
よし、この魔導具は〝力のバングル〟と名付けましょう。
デザインの方はというと、これがまた至ってシンプルで、幅一センチ、厚さ二ミリほどの金属プレートを円状に丸めたもの。切れ込みがない輪っかになっている。
中心には菱形の青い宝石が……くっついてる? 伏せ込みになってるのかしら? そんな感じで添えられていた。
内側を見てみれば、金属部分に穴は開いてないわね。にもかかわらず宝石が輝いてるってことは、光の反射率がかなり高いのか、あるいは石自体が輝いてるのかもしれない。
……ふむ。
こうしてみると、作りは普通のアクセサリーって感じよね。でも、実際に身につければ宿っている効果に応じた恩恵を得られるわけだ。
ちょっと試してみますか。
「……む」
腕に通してみたら、かなりぶかぶかだった。そのまますっぽり抜けちゃいそう──と思ったら、キュッと縮んで丁度良いサイズになった。
んん? これってもしかして……。
「
ちょっと気になることができたので力のバングルを取り外し、素材を調べてみると……やっぱりね。
使われている金属は、ミスリルだった。
宝石だと思ってたのは、魔石だわ。
ミスリルは別名〝金属生命体〟と呼ばれている希少金属なの。別に意思を持ってるわけじゃないんだけど、状況に応じて生命体っぽく〝行動〟を取ることがある。
この力のバングルが、あたしの手首のサイズに合わせて伸縮したのも、ミスリルならではの〝行動〟のひとつね。
もちろん、希少金属なのでむちゃくちゃ高い。
で、宝石だと思ってたこの魔石。これがどうやら、筋力を増強させるこの魔導具の核になっている。
魔石っていうのは、名前に〝石〟って付いてるけど鉱物じゃない。あたしも詳しくは知らないけど、聞いた話によれば純粋な魔力が凝固された魔力の塊って話。
その精製方法は、あまりよくわかってない。あたしが知らないんじゃなくて、世間一般にもわかってないっぽい。
それならどうやって入手するかというと、それはまぁ、ダンジョンで倒した魔物の死骸から出てくることもあるし、世の中でも鉱山からポロッと出てくることもある。そうやって手に入った物が市場に出回ってるってわけよ。
そんな魔石は、ミスリルほどじゃないけど、純度や属性によってはそこそこの値段がする。
この力のバングルについてる魔石は、輝き具合からするとかなりの土属性の高純度品だとわかる。
「なるほど……」
あたしが「魔導具を作って店の目玉商品にする」みたいなことを言ったとき、ヴィーリアが呆れていたのはそういうことか……。
これじゃ素材だけでもかなり高価な代物になってしまう。
まぁ、ミスリルはサイズ合わせのために使われてるだけだから他の金属で代用できるとして……魔石だけはどうにもならない。作ったところで、目玉が飛び出るほどの価格になりそうだ。
「……とまぁ、普通だったらそうなるところでしょうけどれも!」
違うんだなぁ。
ふっふっふ。
あたしは他所とは違うのですよ!
忘れてもらっちゃ困るけど、あたしの本職は調教士。聖獣などのあらゆる生物と契約を結び、力を借りることができる。
当然、その中には大地との結びつきの強い聖獣もいる。
そして、ミスリルは鉱物。そして魔石は、鉱物でこそないけれど、鉱山からポロッと出てくることもある代物だ。
どっちも大地との結びつきが強い。
となると──だ。
大地との結びつきが強い聖獣に頼めば、ミスリルも魔石もなんとかなりそうじゃない?
「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん!」
そいうわけで、早速喚んでみることにした。
「ヨルムンガンド!」
あたしの〝力ある言葉〟の呼びかけで、魔法陣から現れたのは──寝間着姿で惰眠を貪る幼女だった。
「って、ゴルァーッ!」
「きゃん!」
あまりにもあんまりな登場に、力一杯ひっくり返してやったら子犬みたいな声を上げられた。てか、おまえ犬じゃないだろ。
「ななななんですか!? 地震ですか大変動ですか世界の滅亡ですか!? ハワワワ!」
「なんであんたが、地震でそんなに慌てふためくのよ」
「ふぇ?」
あたしの声に、ヨルムンガンドはキョトンとした表情を浮かべたかと思えば、こっちを見て目を丸くした。
「ほわぁ、これはこれは主さま。ご無沙汰しております」
そして、とってつけたようなお辞儀である。まったくこいつは……。
「てか、なんでそんな姿になってるの?」
「それはもちろん、主さまに喚び出されても大丈夫なようにと、人の世で活動する分体を用意していたからでございます。本体は今もまだ地の底におりますが、意識や能力は共有しておりますので、差異はございません」
「いや、確かに本来の姿で出てこられても困るけど……あたしが言いたいのは、なんで幼女なの? ってこと」
そう。
本来、こいつの姿はこんな可愛らしい幼女の姿じゃないのよ。
もっとこう、おっきくて長くてドシッとした……なんていうか、大地そのものって感じの姿なの。
でも、喚び出した時にそんな姿で現れても困るから、なんとか世の中をびっくりさせない程度で、人の生活圏に即した感じで現れてね──って、お願いしたことはある。
でも、幼女になれとお願いしたことはない。
「なんで幼女なのよ……」
「この格好だと、多少の失敗をしても人の世では許してもらえるかなぁと思いまして」
もの凄く打算的な理由だった。
「あ、この格好の間は、可愛らしく〝ヨルちゃん〟とお呼び下さい」
「呼びません」
あ、でも、ちゃん付けするのはアレだけど、フルネームで呼ぶよりは短くていいかもね。
「それよりも」
ポンッと手を打って、あからさまに話題を変えてきたわね。
「わたくしを喚び出したということは、あれですか、いよいよ世界征服に乗り出すのでございましょうか? どこの大陸を沈めればよろしいです?」
「いきなり物騒ね!?」
幼女の姿で何言い出してんの、この子。少しは人の世のならいってのを学んだんじゃないの?
「あ、沈めるのはマズイですわね。統治する場所がなくなっては意味がございませんでしょうし。更地にする程度で十分でございますか?」
「可愛らしく小首を傾げるんじゃありません。そういう話じゃないってば!」
ホント怖いわ、この幼女。や、幼女じゃないんだった。
「あんたって、大地との結びつきが強い聖獣なのよね?」
「別に大地と結びつきが強いわけじゃないですが……まぁ、違うとも言い切れませんので、その認識でも構いません。それで、大地を沈めるわけでないのなら、新しい大陸でも作りたいのでしょうか?」
「大陸て……そこまで大それたものじゃなくて、単に天然魔石を集められないかなって」
「………………」
あたしからの頼み事に、ヨルはものすごぉ~っく微妙な表情を浮かべたまま、固まった。おかしなこと言ったかしら?
「あれ? もしかして無理?」
「いえ、そのー……えー……なんと申しますか……そんなことで、このわたくしを喚び出した──と?」
「あれ? できない?」
「できるできないの話では……あの、わたくしがどういう謂われのある存在か、ご存じでございますわよね?」
「あれでしょ? 七神龍の一柱とかなんとか」
この世界で、広く一般的に信じられている宗教……ってほど皆が信奉してるわけじゃないけど、よく知られている創世神話に登場する龍って言ってたっけね。
曰く、この世は始祖たる龍によって産み出された。始祖龍は自らの力を分け与えた七体の龍に、三つの大陸と二つの海、そしてあらゆる現象、様々な命の守護を命じた。その七神龍の加護があって、この世は幾億千万の命に溢れた楽園となったのだ──というお話。
で、ヨルはその七神龍の一柱だと自称してるってわけ。
けど……あたしはちょっとねぇ、ホントかなぁって若干疑問を抱いてる。
だって、証拠がないんだもの。
そもそも創世神話には、始祖龍や七神龍の名前が伝わっていない。もしかしたら熱心な信奉者の間では残ってるのかもしれないけど、少なくともあたしは知らない。
ヨルが七天龍の一柱っていうのは、あくまでも本人の自己申告。客観的な証拠は何も示されていないのだ。
逆に、もし仮に、ヨルが本当に七神龍の一柱だと言うのなら、そんな大いなる存在があたしと主従契約を結んでいるのっておかしくない?
おかしいわよね?
これで「おかしくない」と言い張って、ヨルの自己申告をすんなり信じちゃうような人は、ホント詐欺に気をつけた方がいいと思う。
でもまぁ、ヨルの主張はともかく、彼女があたしと契約を結んでいる聖獣の中でもかなり強くて、いろんなことができる存在であることは間違いない。
あたしとの関係も良好だしね。
だから、本人が七神龍の一柱だと言い張るのなら頭ごなしに否定はしないし、証拠を出せと言うつもりもないわけよ。
あたしも、そういう存在というつもりで接してあげようじゃありませんか。
「そんな七神龍の一柱で、大地との結びつきも強いんだから、ミスリルや魔石を用立てることくらいできるでしょ?」
「……わたくしのことを本当に七天龍の一柱と思っているのなら、ずいぶんと安っぽいご命令かと存じますが……けれども、まぁ、主さまがミスリルと魔石をご所望と仰るのなら、幾らでもご用意いたします」
「おおっ、やっぱり用意できるんだ! さすが!」
「……なんでしょう、わたくしの神格に対して、賛辞するには幾分ハードルが低すぎる気が……いえ、いいです。どのくらいご入り用でございますか?」
「そうねぇ……将来的には一定量を定期的に卸してもらいたいけど、今は……んー、小ぶりのものを百個ほどかな」
「ずいぶんと大雑把でございますわね。小ぶりと仰いますなら……人の小指の爪くらいの大きさでございましょうか?」
「あー……えっと、実はこれを自作しようと思ってて」
口で説明するより現物を見てもらった方が早いだろうと、あたしは力のバングルをヨルに見せてみた。
「これはあれですね、人が魔導具と呼ぶもので……え? 主さまはこれを自作なさるおつもりで?」
「そうよ」
なんだろう、自称七神龍の一柱さまが戸惑ってるような気配を醸し出していらっしゃる。
「……なんか、おかしい?」
「いえ……ずいぶんとまぁ、人間離れした所業を行うおつもりだと思いまして」
「えっ?」
なんか暗に激しいツッコミを入れられてる気がする! なんで魔導具を作るだけで、人間離れした所業云々を言われちゃうの!?
「もしかして、魔導具を作るのって難しいの?」
「難しいというか、人の手ではおおよそ不可能ではないかと」
「不可能なの?」
「んー……わかりました。では、簡単にではございますが、わたくしが魔導具と呼ばれるものについての仕組みをご説明いたしましょう」
そういうわけで、ヨル先生による魔導具の仕組み解説が唐突に始まったのでした。
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