第6話 確かにお伝えしたはずですが?
あの後、あたしはヴィーリアとケンカしたままダンジョンから出てきた。
ええ、まだ許してないわよ。
許してないけど、間に挟む形になったカシューくんには悪いことしたかなぁとは思ってる。なんだかオロオロしてて、申し訳ないことしちゃったなぁって。
ホントよ?
けど、事は義姉妹間の譲れない問題なので大目に見てもらいたい。
そういえば、そんなカシューくんが「イリアスさんのおかげで目が覚めました」とか「まだ先生の下で修行する必要があるみたいです」とか「国を正しき姿に戻すには、もっと力が必要みたいです」とか言ってたっけ。
その時はヴィーリアに腹を立てて頭に血が上ってたから、聞いてはいたけどちゃんと理解してなかったんだけど……国を正しい姿に戻す?
冷静になった今でも、ちょっと何を言ってるのかわからないですねー……。
まぁ、彼には彼の人生があるわけだし、何かしらの思いや目的もあるんでしょう。あたしが発破を掛けたことになっちゃってるから、どうか死なない程度に頑張ってもらいたい。
ちなみに、ヴォイド・ドラゴンの解体はダンジョンを出た後、ヴィーリア小隊の面々に手伝ってもらって終わらせてある。
目的を果たしてダンジョンから出ると、ヴィーリア小隊の主要メンバーが第三前線都市近隣から拠点村まで戻ってきていたのだ。本来、彼らが拠点村に到着するのは明日だったはずだ。
思い出してほしい。
ヴィーリア小隊の主要メンバーは、あたしの店が開店した時に第三前線都市近隣にいたはずである。
そして拠点村までは、だいたい三日くらいの距離で離れている。あたしの場合はフェンリルの足があので、その日のうちに第三前線都市と拠点村を行き来できるけどね。
なので、あたしがダンジョンに潜ったのは、主要メンバーの皆さんが第三前線都市を出発したばかりの日だったはずだ。
ダンジョンに潜っていたのは、だいたい一日くらいだったから……外に出てきた時には二日分の時間が経過してる計算よね。
だとすると、やっぱり通常の日程より一日ほど到着が早いことになる。
副隊長のルシェッドさん曰く、「拠点村に戻る途中、ヴィーリアが突然飛翔魔法を使って先行したので、慌てて追いかけてきた」ということらしい。
そりゃあそうですよねぇ。隊長が独断専行とかあり得ませんよねぇ。
それで皆さん、なんだか疲れ切った顔をしていたのね。納得。
……まぁ、そんな疲れ切ってる人たちに、ドラゴンの解体を手伝ってもらうあたしも大概だとは思うけど。
でも、そこはさすがのヴィーリア小隊だったわ。
ドラゴンの解体なんて──あたしを含め──誰もが初めてだったみたいだけど、とても手際が良かった。もっとも、それでも一日掛かりの大仕事になっちゃったけど。
そのお礼ってわけじゃないけど、宝物庫のことを教えておいた。ヴィーリアやカシューくんの様子を見た限りだと、何も言わなさそうだったんだもん。
そしたら、ルシェッドさんに泣いて感謝されちゃった。
ヴィーリア小隊は目覚ましい活躍で第一級の冒険者パーティだけど、人数が多い分、出費も多くて資金繰りが大変なんだそうな。
「でも、発見者はイリアスだろう? いいのかい? 俺らがもらっても」
そんな風にルシェッドさんに言われたけど、あたしとしてはホントに構わない。
ヴィーリアにも言ったけど、あたしは何も億万長者になりたいわけじゃない。適度に目的があって、やりたいことができるだけの稼ぎがあれば十分なのだ。
よく言うでしょ? 人を殺すのは退屈だって。
お金ってのは、そりゃ重要だけどさ。使い切れない大金を持って、好き放題したって、そんなものはすぐに飽きるわよ。
張り合いがなくちゃ、人間ってのはすぐ駄目になる。
宝物庫の財宝もそう。
あたし一人で独占するより、大勢の冒険者がダンジョンで死なないように準備をするための資金になった方がいいに決まってる。
「あ、でも、ドラゴンの血の九瓶分の代金は、ここでもらってくわ」
「それでも財宝の総額から考えれば、雀の涙もいいとこなんだが……」
「あとはほら、ヴィーリアがいつも迷惑掛けてるお詫びも兼ねてっていうか……あんな義姉ですが、ほんとよろしくお願いします、お義兄さん」
「はは、言われるまでもないよ」
とまぁ、あたしとヴィーリアのファミリーネームが違うのは、つまりそういうこと。
ダンジョン狂いのあの義姉を、よくぞ娶ってくれましたと感謝したい。
そんで、ついでにヴィーリアがあたしに構ってくるのを止めさせてほしい。
ほんっともう、人のことをいつまでも子供扱いしてさ。嫁いだんだから、義理の妹のことなんかより旦那やパーティのことだけ考えろと……って、やめやめ! いつまでもヴィーリアのことで愚痴ってたって仕方ない。
きっぱり気持ちを切り替えて、さっさと店に戻ろう。
まる一日かけてヴォイド・ドラゴンの解体を終えたあたしは、ヴィーリア小隊の面々に別れを告げ、予定通り三日の日程で用事を片付け、帰路についた。
■□■
帰りもまたフェンリルにお願いして、拠点村を出発したその日に第三前線都市まで戻ってくることができた。
お店の方は、開店当日からルティに任せっきりだし、慣れない店番で大変な思いもさせちゃっただろうから、ちゃんと労ってあげて……と、思っていたんだけれども。
「……え?」
開店当日でさえ閑古鳥が鳴いていたあたしの店に、何故か行列ができていた。
しかも、列に並んでいるのは見るからに冒険者風の人たちだけでなく、老若男女を問わない街の一般住民も含まれている。
「え……何? えっ?」
わずか三日の間に何があったの……?
ええっと……これはちょっと、正面の入口から入るのは難しそうだから、裏から回った方がいいわよね。
そう考えて裏手へ回り、勝手口から中に入ると……あれ? なんだか美味しそうな匂いがするんですけど?
おかしいな……うちって雑貨店よね? なんで食堂みたいな匂いがするの?
なんか理解が追いつかないんだけど、店舗に顔を出したらますます訳がわからないことになっていた。というか、店を間違えたんじゃないか? って思っちゃった。
だって、店の中が様変わりしてるんですもの。
商品の売り場面積は三分の一に縮小され、残り三分の二にはコの字型のカウンターテーブルが占めていた。
そのカウンターテーブルには空席なくぎっしりと客が座り、食事を楽しんでいる。
どこからどう見ても食堂です、本当にありがとうございました。なんか、見てるこっちまでお腹が空いて来た……!
「あら、店長。お帰りなさい」
あたしが呆然としていると、カウンターテーブルの内側にあるキッチンで調理していたルティが、手を休めることなく出迎えてくれた。
「あ、うん。ただいま……って、あの、これはいったい……どうなってんの?」
「見ての通りです。食堂を始めました」
そうね。
そうだね。
見りゃわかるよ!
けどね? あたしが聞きたいのは見てわかることじゃないの!
「だから、なんで食堂なんか始めちゃってるの!?」
「雑貨屋だと食べていけないからですよ。……はい、おまちどおさま」
目の前のお客さんにランチプレートを提供しながら、さら~っと失礼なことを言われた気がする!
「あたし、聞いてないんだけど!?」
「三日前に言いましたよね? 店長がダンジョンに行ってる三日間、経営は私の裁量で自由にしても構いませんか? と。確かにお伝えしたはずですが?」
「そ、そうだけど……!」
「ですので、私の判断でこの立地ならば食堂を開くのが最適と思い、実行させていただきました。何か問題でも?」
も、問題も何も、やってることすべて問題だらけじゃないの!? わずか三日で店内の装いまで整えて、食堂を開くとは思わないじゃん!
こいつ、妙なところで本気出してきやがったわね……!
「せめて一言、相談してよ!」
「居ない人にどうやって相談しろと?」
「そもそも、食堂を開いても採算が──」
「後で帳簿を確認してください。雑貨屋の赤字を補って黒にしてますので。それに、雑貨屋の方も閉めたわけじゃないんですから、細かいことは気にしないでください」
「お~ま~え~は~……!」
はぁ、もう……いろいろ言いたいことはあるけれど、今は客足の多いピークタイムみたいで、あたしと問答してる間も、ルティはせわしなく動き回ってた。
あれこれ問い詰めてる場合じゃないわね。むしろ、手伝った方がいいんじゃないかしら。
「とにかく、あたしも手伝うから──」
「いえ、それには及びません」
と思ったら、ビシッと拒否──というか拒絶の態度を取られた。ひどい。
「一人で回せるようにしてありますので。むしろ、店長がいてもやることないですし、邪魔です」
ちょっ、言い方……!
「こっちはいいですから、店長は店長でやることをやってください。わざわざダンジョンにまで行ってきたんですし、やりたいことがあるのでしょう?」
お、おお……?
辛辣なこと言いやがってと思ったら、途端に優しいことを言ってくれるじゃないの。さっきの追いやるような態度も、あたしがやりたいことをやらせるため遠回しな優しさ……だよね? そうだと言って、ルティ。
そういうことなら、お言葉に甘えちゃうぞ。
「じゃあ、引き続きお店の方は──」
「いいから、さっさと奥に引っ込んでてください。今忙しいので」
頷くルティに、シッシッと追いやられてしまった。
……えっと、これ、大丈夫よね? ちゃんとあたしのことを気遣ってくれてるのよね、ルティちゃん?
あたし、ちゃんと自分のお店に居場所あるわよね?
気づいたら、なんの甲斐性もない穀潰しになってるってのは、マジで回避したい。
ホント勘弁してよ。
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