第5話 義姉妹

 なんかヴィーリアとカシューくんが話し込んでるけど、その前にこっちの手伝いをしてもらいたい。

 せっかくさ、ヴォイド・ドラゴンを倒したんだよ? 首を落としちゃったから、血がドバドバ出ちゃってるわけじゃん?

 魔物とはいえ、ドラゴンは血の一滴だろうと素材としては高級品なのだ。かといって、倒した魔物の中に血を貯め込んでおくわけにもいかない。肉を美味しくいただくためには血抜きも必要だからね。


 早い話、全身くまなく使うには時間との勝負になるってことよ。

 ヴィーリアも血を買い取るって言ってたくらいだし、手伝ってほしいわ。マジで。


「てか、一人じゃ無理っ!」


 さすがに、あたし一人じゃ処理が追いつかない。そもそも、こんなとこでドラゴンの処理なんてできるわけないでしょ!


「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん!」


 処理するのが無理なら、どうするか?

 悪くならないように保管するしかないじゃない。


「マスタースライム!」


 あたしの呼びかけで魔法陣から現れたのは、山積みにされた財宝と同じくらいの大きさがあるプルプルした巨大なゼリー──もとい、スライムだ。見る角度によって虹のように色の変わるのが割と綺麗だったりする。

 そんなマスタースライムは、もちろんただのスライムじゃない。魔物としてダンジョンに巣くうヴォイド・スライムとも違う。

 この子は、あたしが契約している聖獣の中でもとても珍しいことができる子なのだ。


「このヴォイド・ドラゴンの亡骸をいつも通り保管しといてくれる?」


 そんな風にあたしがお願いすれば、マスタースライムは「了解!」とでも言いたげにブルルと震え、その体を投網のように広げてヴォイド・ドラゴンの亡骸を包み込んだ。


 食べた──わけではない。


 いやまぁ、この子は悪食だから取り込んだものは生物だろうと無機物だろうと見境なく消化しちゃうけど、あたしがお願いすれば取り込んだ物体の一割ほどを駄賃に、ちゃんと保存しておいてくれるのだ。

 しかも! この子に保存された品物は、劣化もしなければ腐りもしない。どういう仕組みかわからないけど、取り出すまで時間が止まっているかのように維持し続けてくれる。


 まったくもって有り難い。

 どこかへ長期遠征するときには、この子なしではいられないってくらい役に立ってくれるのよ。


「さて」


 ヴォイド・ドラゴンの保管はマスタースライムにお任せしたし、あたしは当初の目的を果たすとしましょう。


 そう、魔導具を探し出すのだ!


 なにしろヴォイド・ドラゴンが守っていた宝物庫である。魔導具の類いが一個や二個は落ちてるでしょうよ。


「イリアスちゃん」


 あたしが目当ての魔法具がないかと物色しているところへ、ヴィーリアがやってきた。


「あー、ドラゴンの血は後日でもいい? さすがにちょっと、瓶詰めまで処理するのは無理だわ」

「ありがとね」


 あたしの言い訳に、ヴィーリアはそんな感謝の言葉を返してきた。会話のキャッチボールが悪送球だ。

 でもまぁ、言いたいことはわかる。


「あたしをダシにして、新人に発破かけるの止めてよね」

「あら……バレちゃってた?」

「そりゃあねぇ」


 わざわざLランクの冒険者さまが、未到達階層へのアタック前に、なんで頼んでもいないあたしに付き合って隠し階層にやってくるっていうのよ。

 しかも、自分のとこの新人を連れてさ。

 絶対、その新人カシューくんのために何か考えてるってわかりそうなものじゃない。


「でもね、一つだけ訂正しておくと、カシューは新人じゃないわよ。私のパーティで一つの分隊を任せてる分隊長なの」

「あら、そうだったの?」


 あたしはてっきり、同行者か何かかと思ってたわ。


「やっぱりイリアスちゃんから見ても、あの子の実力はまだまだか……」

「いや、あたしは他人の実力を推し量れるような目はないけど?」


 ただ、ちょっと齧った程度のあたしの体術でも、カシューくんが相手なら負けそうにないな──とは思ってる。


「あの子は強さを求めてるんだけど、分隊長になったことで慢心……じゃないけど、錯覚していたところがあったの。『自分はもう、十分強くなった』って。でも。イリアスちゃんのおかげで目が覚めたみたい」

「……別に強さを目指すのは勝手にすればいいけど、あたしを理由に無茶をされるのは気にくわないわね」

「大丈夫、あの子にも強さを求めた先に目的があるから。そもそも、ダンジョン探索で死なせやしないわよ。私の称号は知ってるでしょ?」


 守護者──ね。

 危険が伴うダンジョン探索において、今まで一度たりともパーティメンバーを死なせずに階層記録を塗り替えているからこそ与えられた称号。

 もちろん、そのことはあたしも理解している。


 しているけどさ。


「今まで無事だったからって、これからも無事とは限らないでしょ。ダンジョンなんて、欲や好奇心をエサに人を呼び込む処刑場じゃない」

「それでも人は、未知や名声を求めてダンジョンに挑むのよ。……父さんがそうだったように」

「………………」

「だから私は、父さんの夢を継ぐ。……あなたはどうなの? 同じ背中を見て育ったじゃない」

「あたしにとって、お義父さんの背中は反面教師だったわよ」


 ヴィーリアは憧れを。

 あたしは幻滅を。

 同じ背中を見て育ったはずなのにね。


「確かに、ダンジョンで得られる名声や財宝があたしたちを育ててくれた。お義父さんがダンジョンに潜っていたから、あたしたちは他よりも多少は裕福だったかもしれない。けどさ……死んじゃったら、意味ないじゃん」


 帰ってこない人を待ち続けるなんて、空しいだけだ。悲しみしか残らない。

 多少、生活が厳しくなっても、真っ当に商売でもして命の危険に脅かされず、出かけた人が必ず帰ってくる生活の方がいいに決まってる。


「富も名声も、謎や神秘だろうと、あたしは興味ないわ。求めるのは、ちゃんとベッドで息を引き取ることの出来る、安定した生活なの」

「……またフラれちゃった」


 あたしの意思にまったく変化がないと悟ったのか、ヴィーリアは深いため息とともにそうぼやいた。


「義妹が素っ気なくて、おねーさん悲しい」

「当たり前でしょ。あたし、ダンジョン嫌いだし!」

「じゃあ、なんで今ここにいるのよぉ」

「そ、それは……ダンジョンでしか取れない必要なものがあったから、仕方なく、苦渋の選択の末に、本当は嫌だったけど! 重い腰を上げて来ただけよ」


 と、言ってる間に見つけた!


「あったーっ!」


 財宝の中から、なんとか見つけ出したのはバングル型の魔導具。とりあえず、これを解析すれば同じようなものが作れる……かもしれない!


「……魔導具? もしかして、それを探していたの?」

「そうよ! うちの店の目玉商品にしようと思ってね。これを解析して量産できれば、一儲けできるじゃない!」

「あー……そんなこと考えてたんだ~……」


 なんでそんな、困った表情を浮かべてるのかしら?


「ねぇ、イリアスちゃん。世の中で、魔導具を売ってるお店を見たことある?」

「見たことないわよ。だから、うちの店の目玉商品になるかなって!」

「ん~……」


 ヴィーリアの表情が、ますます困惑の度合いを深めていった。

 解せぬ。


「やっぱり商売はやめてダンジョン探索しない? その方がいいわよ」

「しないって言ってるでしょ。何言ってるの?」


 あたしの意思に揺らぎがないことは、さんざん理解したんじゃなかったの?


「じゃ、じゃあほら、ここのさ、宝物庫の財宝があるでしょ? 商売なんてしなくても、一生遊んで暮らせるわよ? 悪いこと言わないから、さっさとお店は畳んじゃいなさい」


 なんで店を畳むことまでゴリ押してんのかしら?

 開店したばっかりなんですけど?


「あのねぇ、あたしは別に自堕落な生活がしたいわけじゃないの。適度に働いて、食べたいものや欲しいものがちゃんと買える、そんな普通の生活を送りたいの。働かずに暮らせるってのは確かに魅力的だけどさ、そんなのすぐ飽きるって」

「え? じゃあ、ここの財宝はどうするのよ」

「欲しいものは手に入ったし、あとは別に。持ち出すだけでも大変だし、他の冒険者のためにも残しておいていいんじゃない?」


 それに、ドラゴンの血でヴィーイリアから二億も貰えるしね。商業ギルドに支払う会費とか店の光熱費やら生活費も、当分は困らないくらいにはなるでしょ。


「……うん、わかった。はっきり言うわね? イリアスちゃん、あなた商売人に向いてないから即刻辞めなさい。義姉として命令です」

「はぁ? 何言ってんの。いきなり命令とか意味わかんないんですけど?」

「イリアスちゃんが、あまりにもアンポンタンだから言ってるのよ!」


 ……あ゛?


「なんなの急に? ちょっと横暴すぎやしませんかねえ!?」

「義姉として忠告してるのよ! 魔導具を量産しようとするわ、目の前の財宝に手を出そうとしないわ、それのどこが商売人ですか! だいたい、あなたは昔っからそう! 後先考えずに思いつきだけで突っ走って! いずれ痛い目に合うわよ!」

「ちゃんと考えてますし!? 痛い目なんて合わないし! あたしだってもう大人なんだから、お義姉ちゃんにあれこれ言われる筋合いないし!」

「あなたのその考え方のどこが大人ですか! 真っ当に生きるって言うのなら、真っ当な考え方を身につけなさい!」

「ダンジョン狂いのお義姉ちゃんに言われたくありませーん! ほっといてよ!」

「ああもう、その態度のどこが大人なの! いい加減にしなさい!」

「ふーんだ!」


 これだからヴィーリアは!

 ああもう、これだから義姉ってのは!


 ほんっと、横暴よね!

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