第12話「一筋の光」

「そうか、渡辺部長。とうとう政府が直接介入してきたというわけか」


「はい、やはり姫ちゃ―――吉沢会長の持つ権力が一先進国家を脅かすといったことだったのでしょうか?」


 ようやく、腰を据えて本題に入れるようになった俺は佐々木専務にことのあらましを説明していた。


「それはそうだろう。総帥は筆頭株主として日本の大企業をほぼ網羅しているのだからな。総帥に野心があれば自身の権限で票を操作し、事実上の国家当主である総理の首を挿げ替えることなど簡単なのだからな」


 俺はその言葉に顔を落とした。姫ちゃんにそのようなことをするつもりはないし、そのようなことをするために吉沢グループを崩壊させたわけではない。


「渡辺部長の言いたいことはわかる、つもりだ。総帥が株式の交換でより権力を伸ばしたのは結果論だ。それは私もわかっている。株式交換に応じた企業も総帥ならばと信じて決断したに違いないだろう」


「そうです。そもそも株式の手数料なしでの無償譲渡が許されないのは国が定めたルールであって、吉沢会長は元々全てを手放すつもりでした」


「だから、そんなことはわかっている。しかし、同じ結果論で言えば、総帥が一国の総理より力を有してしまったのも事実。そこが問題なのだ」


 佐々木専務は少し身を乗り出して俺に問う。


「渡辺部長は、この先、総帥がどうあるべきと考える?」


 俺に姫ちゃんがどうあるべきか、なんてわからない。


 でも、姫ちゃんがどうしたかったか、、、は、少しはわかっているつもりだ。


「やはり元々、吉沢会長は全てを手放してでも吉沢グループを崩壊させるつもりでした。吉沢会長にとしてはわかりませんが、吉沢姫紀という一人の女性としては、手に余る権力によって自分自身を苦しめているのだと思います」


「では、このまま権力を放棄してしまっても構わないと」


「あくまでも、俺の知っている吉沢姫紀―――姫ちゃんがこれ以上苦しむことはなくなる、、、一つの方法だと思っています」


 佐々木専務は静かに首を振った。


「違うな。それは違う、渡辺部長。いや、部長の言ったことが間違っているのではない。総帥が苦しみから逃れる可能性としてはありうることだ。しかし、現時点で総帥が権力を放棄すれば、それは吉沢資産管理団体とは名ばかりの政府主導の国家権力になってしまう。それも国の権力であれば良いが、間違いなくイチ現政権の権力になるだろう」


「……つまり、現時点で姫ちゃんが権力を放棄すれば、日本が民主国家ではなくなると?」


「そうだ、限りなく現政権の独裁政治となるだろう。行く末は専制国家だ」


 佐々木専務はそう言うと、天井に向けて顔を上げる。


 何故、俺はこんな大事に首を突っ込んでしまったのだろうか。ぐちゃぐちゃに絡まれた紐を先を辿れば、ただ師匠と家が隣だっただけなのに。


 師匠が咲子さんと結婚して、恭子が生まれて、その恭子を姫ちゃんと一緒に守っていただけのはずなのに。


 空を仰ぐ佐々木専務とは逆に俺はテーブルに顔を伏す。


「なにか、、、良い手は、、、ございませんか?」


「今のところは、、、ない。吉沢資産管理団体が彼奴らに牛耳られている限りは手の出しようがあるまい」


 やはりそうか……。軽々しく議席の条件を出してしまった俺の責任だ。樋本さんはフォローしてくれたが、それに最終的に姫ちゃんが決断を下したということもあるが、それでも最大の戦犯は俺だろう。


「何で、、、何故俺は7議席も相手に委ねてしまったんだろう、、、、か」


 俺は一人ごちるようにそう呟いた。


 その時だった。


 ソファーの背もたれに倒れ込むように上を向いていた佐々木専務がふと体を起こし、少しだけ目を見開く。


「7議席?……私が白井会長から受け取った報告書では10議席あったはずだ。そして残りの3議席はまだ空白で決まっていないだけだと思っておったが」


「あ、はい。3議席はこちらで役員を決められることになっていて、というか人選は全く手つかずで、、、お恥ずかしい話であります」


「さ、3議席はこちらで人選できる、、、、と!?」


 今度は体を起こしていた佐々木専務が急に立ち上がる。


「そのような条件を出したのか!?い、いや、それを相手がのんだのか!?」


「のむ、、、というか、私が何も考えがないまま、そう伝えただけで、結局は姫ちゃんが『私の秘書の出した条件がのめないなら白紙』と突っぱねたことでして」


 何故、たかが3議席に佐々木専務がこれほど喰い付くのかわからないが、かなり興奮している様子。


「けっ、契約書はあるか!?」


「あ、はいっ!」


 俺は慌てて、鞄から相手と交わした契約書を取り出して佐々木専務に差し出した。


「ふん、ふんふん―――」


 佐々木専務は一行一行指を添わせてその契約書を読み込む。そして何枚かある書類の最後まで行き着いたあと、指をパシンと紙に弾いた。


「条件がついとらん!本当にこれ以外に契約を交わしてないのか」

 

 俺も社会人であり、契約の順守を日々教育されている日本のサラリーマンだ。交わした契約書の管理は徹底している。


「契約書はこれが全てだと断言します。が、条件がついとらんというのはどういうことで……?」


「こちらが決められる役員の人選の条件や関わり方の条件に決まっとる!!」


「は、はぁ。人選についてはこちらとあちらの各々が好きに決めて良いことになっていますが」


 樋本さんが『向こうの人選にこちらが一切口出しできない』と言っていたので間違いないだろう。


「なので向こうの人選にはこちらが口出しできませんので、逆にこちらも同様かと」


 鬼の形相へと変化した佐々木専務がその太い両腕をブルンと振った。


「渡辺部長、サヨナラ満塁ホームランを打ったことはあるか?」


「い、いえ、私は野球部ではありませんでしたので」


「ならば見せてやる、特大アーチをな!!恵、今すぐ本社への飛行機のチケットを手配するんじゃ!!」


 重い話の中でもずっとにこやかだった佐々木さんがとびきりの笑顔で敬礼する。


「らじゃー、であります!!」


 何がなんだかわからない俺だったが、その二人のやりとりに一筋の光が見えた気がした。


「佐々木専務、なぜたかが3議席にそこまで、、、、、、」


 俺はその時ふと樋本さんの言葉を思いだす。


『貴方が経済連の会長と政治家に姫紀さまの持つ三割の株の保証と同様に三割の理事の議席権を認めさせたのは私にとって奇跡なのです。私にはその提案すら出来なかったでしょう。貴方は……確かに姫紀さまの代理人業務においては無知かもしれませんが決して無能ではありません。それだけはどうかご承知ください』


 なぜ、多数決で負けるに違わない3議席に……何があるのだというのか。




 空港に向かう為に急いで退出を促す佐々木専務が俺に言葉を掛ける。



「渡辺部長は1議席、1票の全てが同じ重さだと思っておるのか?」

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