探偵花田

 学級委員長の岡本は急ぎ足で教室へ入ってくると、すぐにゴミ箱の横に転がっている紙くずに気がついた。そして、「ごみはゴミ箱へ」と呟きながら、紙くずを拾い上げるとゴミ箱へきちんと入れようと腕を持ち上げた。


「ちょっと待てよ、委員長。それ手紙じゃないか?」


 岡本のすぐ後に教室へ入ってきた花田は声を上げた。


「あ? 花田くん、おはようございます! え? これですか? ……そうですか……あ、本当だ!」


 岡本はくしゃくしゃになった紙を開いてよく観察した。


「……ジンエーへ? トーマ? ……確かに、これは遠山くんから深水くん宛てへの手紙のようですね……」


「あ? ちょっと見せろよ」


 花田は岡本から手紙を引っ手繰ると、書かれている文章に素早く目を通した。


「……なんだこりゃ? でも何で深水宛の手紙が、くしゃくしゃにされてるんだ。深水はまだ来てねぇよな? 遠山だったずっと来てねぇし……これって、いつからここに転がってたんだ? 昨日はあったっけ?」


 花田は岡本を見遣る。


「さあ? 昨日はこんなものはありませんでしたけど……」


「なんでわかんだよ?」


 花田は岡本に睨みを利かせる。


「そーだよ、何でわかんだよ? あ?」


 突然、横から木崎の声が乱入してきた。


「あ、木崎くん、おはようございます!」


 岡本は木崎の方を向くと、きちんとお辞儀して挨拶をした。


「挨拶はいいから、なんでわかんだよ? 昨日はなかったって、なんでわかんだよ?」


 木崎は唾を飛ばしながら、岡本に詰め寄る。


「あ、はい。昨日、帰りの会の後に教室を出て、校門を出る辺りで忘れものに気づいて、一回教室に戻って来たんです。その時はこんなものはありませんでした……因みにそのとき、教室には誰もいませんでした」


「はぁ? んなもん、なんで覚えてるんだよ? ゴミ箱の陰に隠れて見えなかっただけかもしんねーじゃねーかよ!」


 木崎は食い下がった。しかし、岡本は軽く咳ばらいをすると冷静に説明を始める。


「いえ、私きちんとゴミ箱の辺りも確認致しました。いつも教室を出るとき、ゴミ箱の辺りにゴミが落ちてないか確認するんです。癖、なんです」


「な……くっ、癖!?」


 木崎は言葉を失った。


「そっか。委員長の言うことが正しければ、昨日の下校時間から今日の朝の間に手紙がくしゃくしゃにされてゴミ箱のココに置かれた、って可能性が高いのか?」


 花田は手紙が置かれていた場所を指さしながら、しかめ面を作って唸った。


「はい、そうなりますね。花田くん、探偵みたいですね!」


 岡本は楽しそうに言った。


「花田くん、ひゅーひゅー」


 いつの間にか花田の周りに人だかりが出来ていて、数人の女子が花田に野次を飛ばす。


「う、うるせーよ! ってことは、昨日の夜か、今日の朝か……あっ、ユージ、お前今日朝来たとき、こんなのあったか覚えてる?」


「あっ? し、知らねーよ。覚えてるわけねーだろ、そんなの」


 不機嫌そうにそう言うと、木崎はすぐさま踵を返して自分の席の方へ戻っていった。


「なんだあいつ……」


 そのとき、八時二十五分のチャイムが鳴った。皆は一斉にざわざわとそれぞれの席へと向かう。


 花田は席に着くと、深水の席へと目を遣った。深水はまだ登校して来ていない。彼は改めて先程の手紙を読み返してみた。




 ジンエーへ


 来年の秋の遠足には絶対に行かないでくれ

 元気でな


 トーマより




 花田には、何故冬馬が来年の話を今手紙の中でしているのか、全く意味が分からなかった。結局、遠山は先月風邪をこじらせて欠席してから、一度も学校へ登校して来ることはなかったのだ。


 花田は、仁栄が遠山の転校の話があった朝の会よりも、少し前から元気がなかったことをふと思い出した。二人は仲が良かったから、恐らく仁栄はクラスの皆よりも早く、転校のことを冬馬から聞いていたのではないだろうかと、彼は想像した。


 そのとき、花田は何処からか視線を感じた。周囲を見回すと、窓際に座っている木崎と一瞬だけ目が合ったような気がした。暫く花田は木崎を見ていたが、それっきり彼は花田の方を見ようとはしなかった。


 担任の若林が教室に入ってくる。号令、挨拶。そして、深水と吉田の欠席を告げる。


 いつもの朝が始まる。


 連日の深水の欠席を気にしながら、花田の意識が再び机にしまった手紙の方へ向く。

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