未来から来た少年

「……時間というのは不思議なものです。流れてしまえば、あっという間です。覆水盆に返らずとはよく言ったものですね。流れてしまった時間は元には戻らない、過去には戻れない。しかし、本当にそうでしょうか。本当に過去に戻ったり、未来へ行ったりすることは出来ないのでしょうか? もしも、過去に戻ったり、未来へ行くことが出来たら……あなたはいつの時代へ戻って、何がしたいですか? ゲストの皆さんに聞いてみましょう」


 蝶ネクタイをした司会者が、真面目な顔をしてカメラに向かって問いかけている。


「私だったら、ぜーーったいに過去に戻って当たりの宝くじ買いますね! いや、競馬も好きだから万馬券を買いますね!!」


 中年のコメディアンが大きな声で興奮気味に叫んでいる。


「私、映画の『未来へ戻ろう!』シリーズが大好きなんです! だから、あんな感じで、過去を変えてみせます!」


「はい? だから、何をしますかってきいてるの!」


 若い女性タレントのコメントに、中年のコメディアンが冷たく聞き返す。そんな様子を観客と司会者は笑って観ている。


「僕は、未来に行ってみたいですね。どんな世界になっているのか、非常に興味があります! 海川大和二十六歳です!」


 最近活躍中の人気俳優は、拳を握りしめてポーズを決めると、カメラに向かって流し目をする。観客席から歓喜の声が上がる。


「あのね、あのね、私はね。過去に殺人事件や災害に巻き込まれた不運な人たちを、なんとか助けたいでね……命を救いたいですね……過去に戻ることが出来るのなら、警告するくらいはしてあげたい……」


 初老の女優がポツリと呟いた。


「……はい、皆さんありがとうございます! 何故こんな質問をしたかというとですね、今日は、スペシャルゲストがこのスタジオに来てくださっております。その方はなんと、未来から来たというのです! ……嘘くさいですか? 嘘くさいですよね? それでは皆さん、拍手でお出迎え下さい。スペシャルゲストの……」


 そこで、番組はコマーシャルに変わった。


 「未来……か」


 土曜日の午後、仁栄は醤油せんべいをバリバリと齧りながら、ベッドに寝転がってぼんやりとテレビを観ている。


 冬馬と由希子の転校を聞いたあの朝の会の二日後から、仁栄は急に体調を崩して学校を休んでいたのだ。


 ベッドに寝そべってぼんやりとテレビを見ているが、番組の内容の半分はよく分かっていなかった。ただ、司会者の言った「未来」という言葉に、彼はふと冬馬のことを考え始めた。


 あの日、いつものように冬馬と水無川に架かる橋の前で別れたきり、冬馬は調子を崩して学校を休んでいた。あの時の仁栄の予感が的中していたのだ。


 彼は、冬馬が今まで一度も学校を休んだことがないことを知っていた。それだけに、今回のことが腑に落ちなかった。


 急に仁栄は胸騒ぎがした。そして、ひとつ疑問が湧いてきた。彼は冬馬の家に一度も遊びに行ったことがなかった。冬馬の家を知らなかったのだ。


「……スペシャルゲストのくんですが、何がスぺシャルかというと……」


 ふと、聞き覚えのある名前がテレビから聞こえて来た。仁栄はテレビの方に顔を向ける。


「!?」


 テレビには、冬馬が映っていた。


「うわっ!」


 彼は驚いてベッドから滑り落ちた。


「痛てて……」


 テレビの中では、司会者が冬馬にマイクを向けて質問をしている。


「……はい、僕は未来から来ました」


「それを今ここで私たちに証明することは出来ますか?」


「それは、残念ながら出来ません。未来のことは詳しく話せないからです」


「では、なぜ今日この番組に出てくれたのですか?」


 司会者は眉を寄せて首を捻っている。


「それは、友達に伝えたいことがあったからです」


 突然、カメラが冬馬に寄っていく。


 アップになった彼の顔が、テレビ越しに仁栄を見つめている。


 仁栄は混乱しながらも、テレビ画面の中の冬馬に釘付けになっていた。


「……ジンエー、見てるか?」


「ト、トーマ?」


 彼は思わずテレビ画面に向かって返事をする。


「……ジンエー……もう……時間だ……起きろ……」


 冬馬の声は、何故か小さくて聞き取りにくかった。


 仁栄の意識が徐々に遠くなっていく。


 目の前に黒い幕が下りていくと、再び意識が戻って来る。


「トーマ!」


 仁栄はベッドから飛び起きた。


 彼はいつのまにかテレビを見ながら眠っていたらしい。彼の右手は頭の下に敷いて寝ていたのか、痺れている。点けたままのテレビから、夕方のニュースが流れていた。


「……ゆ、夢か……」


 そのとき階下でチャイムの鳴る音がした。

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