由希子の「き」は希望の「き」
十月の下旬に、年に一度の青葉小学校の文化祭である「青葉っ子祭り」が開催された。
四年生以上の学級が、クラスで協力してアイデアを出し合って、歌やダンス、お芝居をするクラス、または芸術作品の発表や、喫茶店、屋台の出店等を似せて教室を装飾するなど、工夫を凝らされ、文化祭を盛り上げていた。
出店される各店では、簡単な雑貨(手作りの雑貨、アクセサリー、折り紙や版画、家から持参したリサイクル品等)が様々なものが販売される。もちろん、小学生の文化祭なので金銭等は発生することはなく、事前に先生から配布された手作りの交換券が使用される。
三年生の由希子たちはお客さんの立場で、上級生たちの準備した出店を見て回った。
校長先生からの始まりの挨拶がグラウンドで終わった後、すぐに仁栄は冬馬の方へ駆け寄っていった。
「トーマ、何処へ行く?」
「そうだな、まずは吉田さんたちを探さないとな」
「ああ、そうだった! すっかり忘れてた」
祭りの最中は、班での行動が原則とされていて、運動会後に行われた席替えで仁栄は、冬馬、りょう、咲子、由希子と同じ班になっていた。
「はぁ……でもなんで佐々木と一緒なんだよ……」
ガックリと肩を落とし溜息を吐く仁栄。
「はははっ! そう言うなって。石川さんもいるからいいじゃん?」
「なっ!?」
冬馬が仁栄をからかっていると、探していたはずの三人に見つけられた。
「ちょっとー! 何処にいたのよぉー! 探させないでよねー!」
「はぁ……」
りょうの声に仁栄の肩がさらに深く落ちる。そんな仁栄を横目に冬馬が切り出した。
「さあて、何処から見て回る?」
「ねえねえ、五年生から先に見て回らない? お兄ちゃんのクラスが香りつきの綿を作ってるんだ。いい?」
咲子が班長の冬馬の方を向く。
「OK! みんなもそれでいいかな?」
「うん」
冬馬が由希子の方を向くと、笑顔で頷いていた。
「みんなって、遠山くんユッキの方しか見てないじゃん!」
「よーし、じゃあ出発進行ー!!」
仁栄が、そんなりょうを無視して校舎の方へひとり向かう。
「ちょっとー! 深水は班長じゃないでしょー!」
「まあまあ、りょうちゃん」
そのあとを皆は自然と付いて行く形となった。
五年生の教室は四階建ての校舎の三階の隅っこにあった。階段の踊り場には絵画クラブの油絵、廊下には木彫りクラブの木彫りが展示されていた。
どの教室の入り口も、折り紙や手作りの花とカラフルなライトで装飾されていた。人も大勢入っていて大盛況だった。
「やっぱ上級生は、飾りつけや折り紙が上手だね!」
「すっげー! これ人気のアニメのキャラの木彫りだろ? カッコいいなー」
五人は奇麗に飾り付けられた廊下を歩きながら話し始める。
いつも歩くことのない上級生の階の廊下、しかも祭りという自由な雰囲気で仲間たちと闊歩することは、とても新鮮でいいい気分だった。
「ねえねえ、ユッキってユキコって言うんだよね。どんな字だっけ?」
りょうが、上級生の作った名前の書かれた手作りのキーホルダーを手に取りながら聞いた。
「え、えっと、『ゆ』は…理由の『ゆう』で、『き』は……えーっと……」
由希子は突然のりょうの質問に戸惑った。
「希望の『き』!っだろ?」
突然、冬馬が会話に入っきた。そして歌いだした。
「『ゆ』は…理由の『ゆ』~、『き』は希望の『き』~、『こ』は子供の『こ』~、さあ歌いましょう~!!」
「……なんだそれ? でもメロディーは知ってる! ははは!」
横で会話を聞いていた仁栄は噴き出した。
「男子ってしょーもな!」
「ははは」
「えへへへ」
皆も笑った。
「でも吉田さんの名前の、希望の『き』って、すげーかっこいいね!」
冬馬はクルっと由希子の方を向いた。
「え? あ、ありがとう。と、遠山くんの名前の『冬』の『馬』も、すごくかっこいいと思う……」
由希子は、少し恥ずかしそうに俯きながら冬馬に言った。
「へへ、ありがとう」
冬馬は頭をかいて笑った。
「いいなー。私の名前は漢字ひとつも使ってなくて、ひらがなだけだもんなー」
りょうは唇を尖らせる。
「でもひらがなだけって、なんか特別な感じがして、カッコいいじゃん!」
仁栄はあまり深く考えずに、りょうの方を見てサラッと言った。
「え?」
まさか彼からそんな言葉を期待していなかったりょうは、一瞬言葉に詰まった。
「そうだよ、りょうちゃんの名前は、特別でカッコいいよ!」
咲子がすぐに加わった。
「じゃあ、お、オレの『仁栄』って名前は?」
仁栄が冬馬の方を嬉しそうに振り向く。
「あ? ああ、ジンエーってのも、
冬馬は、りょうと仁栄を見比べると意地悪く笑う。
「こ、こらー!! な、何言ってんのよ!
「ごめん、ごめん」
慌てるりょうに冬馬が笑いながら謝った。
「まあまあ、りょうちゃん、抑えて抑えて」
咲子がりょうを肩を優しく叩く。
そんな彼らの様子を、由希子は楽しそうに眺めていた。
「ねえねえ、今度は体育館のお化け屋敷に行ってみない?」
五年生と六年生の教室を一通り見終わった彼らは、一旦校舎の外へ向かっていた。
「え? そんなのあんの?」
仁栄は冬馬の提案に驚いた。
「ほら、このガイドブックに載ってるよ」
咲子は制服のポケットから冊子を取り出して仁栄にみせる。
「昨日の朝の会で、先生が皆に配ってたじゃん?」
「え? そうだったっけ?」
「ふ、深水、持ってないの?」
りょうも制服のポケットから冊子を取り出した。
「……いや、えっと、あれ? おかしいな、何処にもないや……でも、お化け屋敷すげー楽しそう! みんな行こうぜ!」
仁栄はしばらく衣服のポケットというポケットを隈なく探っていたが、やがて諦めると走り出した。
「ちょっと、待てよ! そろそろ十一時だよな? そういえば、グラウンドで十一時からお餅焼いて配るって言ってなかったっけ?」
「マジかよ!? そんなの食べれるのかよ?」
冬馬がそう言うと、仁栄は急ブレーキをかけて止まった。
「そうだよ! 昨日、これも先生が説明してたよね、ユッキ?」
「うん、昨日先生言ってたね」
由希子も同意した。
「……仁栄、おまえ全然先生の話、聞いてないな……また、寝てたんだろ?」
冬馬が仁栄を揶揄う。
「いや、寝てないよ! ちゃんと起きてたよ!」
「はははは」
皆が一斉に笑う。
あの日、由希子は自分が彼らと同じ班にいることを、心の底から嬉しく思っていたことを思い出した。自分が彼らと一緒にいるときは、本当に良く笑っていたことも。
「そうだ! 深水くんだ!」
由希子は突然閃いた。現実に戻った彼女は、仁栄なら冬馬について何か知っているのではないかと、考えたのだ。希望の光が少しでもみえたことに、彼女は笑顔になっていた。そして、冬馬の歌ったメロディーを呟いてみた。
「『き』は希望の『き』……」
つい先程まで、自分が絶望の闇の中に一人でいたことを、彼女は不思議に思った。そして同時に、自分が前よりもずっとっずっと前向きで、精神的にも成長している気がした。
「ありがとう、みんな……」
由希子はひとりで笑顔をつくった。
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