ペガサスのチョコレート
学校から帰宅した由希子は自分の部屋に入るなり、ベッドに転がり突っ伏した。
今朝からずっと我慢していた涙は、家に着いた瞬間、箍が外れたようにとめどなく溢れ出した。
まるで時間が凍り付いてしまったかのような、ひとりだけの痛々しい時間が流れる。
暫くして、なんとか彼女はベッドから身体を起こした。
カーテンを閉め忘れた窓の外は、既に真っ暗闇だった。その闇が余計に由希子の心を締め付ける。
ふと机の上にある小さな箱が彼女の視界に入った。彼女は机に近づくとその箱にそっと手を伸ばす。そして青色のリボンを解いて、その蓋をゆっくりと持ち上げる。箱の中で、少し形の崩れたペガサスが寂しげに笑っていた。
それは、由希子が自分で作ったチョコレートの贈り物だった。
市販のチョコレートを一度溶かして、家の近くのお店で見つけたペガサスの型に流して固めただけの簡単なもの。
夏の水泳の練習のあと、由希子は冬馬たち皆にチョコレートを作って渡した。彼らがとても喜んでくれたことを思い出すと、彼女の顔は思わず綻んでいた。
今となっては、それは彼女の良い思い出のひとつとなっていた。それ以来、お菓子作りは由希子の趣味のひとつとなり、時折時間をみつけてはひとり楽しんでいた。
由希子は椅子に座ると、チョコレートのペガサスを暫くの間、ぼんやりと見つめていた。
目の前にあるペガサスのチョコレートは、冬馬に「ありがとう」と「さようなら」を笑って言おうと決めていた、由希子の純粋な気持ちだった。
由希子は、冬馬に話したいことが山ほどあった。
両親が離婚することになったこと、母親の実家で暮らすことになったこと、吉田という姓も変わってしまうこと……。
由希子は箱を閉じようと、蓋を手を伸ばした。そのとき、伸ばした手首の部分が箱の角に当たり、箱を滑らせた。
「あっ!」
由希子は思わず声をあげた。
机の上から落下した箱は、カーペットのない部分へ着地した。そして、その衝撃でペガサスは外へ放り出された。
由希子はそっとペガサスを拾い上げる。彼女の手の中で、ペガサスの身体は二つに割れた。
「え……?」
咄嗟に謂れのない不安が由希子を襲った。突然、冬馬とはもう二度と会えないような気がしてきたのだ。
二つに割れたペガサスを箱に戻すと、由希子は目を閉じた。
楽しかった冬馬たちとの思い出が甦る。そして、あるメロディが、彼女の頭の中に流れてきた。
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