リレーのあとで
その日の運動会の練習が終わった後、三年一組の教室では簡単な反省会が漠然と行われていた。
教室内に担任の若林の姿をまだなかった。
「でも、ぜってーあれは、タケル二組の『疾風のヒデ』抜いてたよ!」
「そーだよなぁ?」
「ってか、三組速すぎない?」
「ちょー微妙でしょ! カメラ判定が必要だよー!」
「あー? でもオレたち、こいつのせいで三位に落ちたんだぜ!」
木崎の本城に対するこの一言で、話の焦点が滑るようにずれていった。
誰か一人だけに、全ての責任を押し付けてることは、とても残酷であるが、同時にそれは簡単に手に入る甘い蜜ような魅力もあった。
「ちょっとー! 本城くん一生懸命走ったんだからねー」
「そうよー! ひとりだけ責めちゃあ可哀そうよ!」
女子の何人かが本城を擁護する。
「そりゃそうだけどさ……」
「でも、ユージくんの言うことも事実だろ? 『ハジメガネ』がもっとしっかり走ってれば……」
他の男子が木崎の意見に同意する。
いつの頃からか、本城には「ハジメガネ」とうあだ名が定着していた。 皆の避難を一身に浴びている当の本人の本城は、席について俯いたまま何も言わないでいる。
その細い身体は小刻みに震えていた。
「そうよね。足が遅い人にはもうちょっと頑張ってもらわないとぉー」
「えー! でも、それって誰よぉー?」
「男子で言ったら、ハジメだろ? 女子だったら……」
「吉田じゃね?」
「えー! ちょっとぉー! 勝手なこと言わないでくれるぅー!」
「男子って冷たーい、ってか無神経ぇー!」
吉田という名前が挙がって、何人かが廊下側の窓際に座っている女子、
髪を長く伸ばした大人しそうなその子は、困ったように下を向いていた。
「……でも、やっぱ『ハジメガネ』のせいだからな……」
その言葉が再び出た瞬間、ひとりの少年がガラガラと椅子を引いて立ち上がった。
それは冬馬だった。
「本城ばっか、責めるなよ。それよりどうやって一位になるかだろ? そっちのこともっと考えようぜ!」
冬馬はクラス全員の視線を、受け止めるようにわざと大声で言った。
「ジンエーはどう思う?」
そして、即座に仁栄に振った。
「えっ? ああ、そうだな。そうだよ。全く」
突然冬馬に振られた仁栄は、何が何だかよく分からないまま、慌てて思わず席を立つと、ただ大きく頷いた。
「なんだよ、そりゃ? また眠ってたのか?」
冬馬が大袈裟に呆れた顔をつくる。
「なんだよ! またって?」
クラスの中で笑い声が起こる。そこで担任の若林が教室へ入ってきた。
「悪い、悪い。遅くなった。急にお腹の調子が悪くなってしまってなぁ……」
お腹を押さえながら苦しそうに顔をしかめる若林の仕草に、クラスの笑い声は一段と大きくなった。
「それじゃあ、これからホームルームを始めます、皆席について下さい」
ホームルームが始まり、クラスがいつもの雰囲気に戻った後も、木崎だけは面白くなさそうに、冬馬の方を睨んでいた。
当の冬馬はそんなことには気がつかないようで、廊下側の窓際の方をぼんやりと眺めていた。
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