一致団結

 春の運動会本番当日は、まるで梅雨が明けたかのように雲一つない晴天だった。

 

 清々しい朝の空気が漂う中、生徒たちが次々と登校してくる。


 教室では皆が賑やかに体操服へ着替え始めていた。


「おはよー! 今日はぜってー勝とうな!!」


「おうー!!」


「弁当、何持って来た?」


「コンビニ弁当? マジかよー!? 超金持ちじゃん!」


「やっべー! オレ、朝弁当ランドセルに入れたかもー!」


「え? 今日って手提げで来る日じゃん。まずくねーそれ? ってか手提げ何入ってんの? 筆箱だけじゃねー?」


「うわーっ!! 筆箱と弁当箱入れ間違えたー!!」


 ひっくり返した手提げから、カラカラと筆箱が転がり出て来た。


「間違えないだろ! 普通は!」


 その生徒の周囲からどっと笑い声が上がる。


「今日、お母さん来てくれるかなー」


「うちは忙しいからダメー!」


「うちはお父さんが、ビデオカメラでちゃんと撮ってくれるんだー!」


 いつもとは違う運動会という特別な日に、皆は興奮している。


「トーマは家の人来るの?」


 カッターシャツのボタンを外しながら、仁栄は後ろの席の冬馬に話しかける。


「いや、うちは忙しいからたぶん誰も来ないな。ジンエーは?」


「オレんちは母さんが来ると思う、父さんは仕事が忙しいから……」


「そうか……やっぱ大人は皆忙しいんだな」


「おはよう! 今日はぜってー勝とうぜ!」


 教室に入ってきた武が、仁栄の前の席に手提げを乗せると、二人に向かって親指を立てて見せる。


「おっす、武! もちろんだぜ!」


 冬馬と仁栄も親指を立てる。


 席替えをした後も、武の席は以前と同じ仁栄の前となったため、仁栄も冬馬も自然とよく武と話すようになった。


 三年一組は、少しずつだがまとまりつつあった。


「ちょっとー! 今日は足引っ張んないでよねー!!」


 隣の席に座っていたりょうが、仁栄を睨みつける。



 仁栄のクラスは、先週席替えをしたばかりだった。三年一組の席替えは、まず男女別々に分かれて、仲の良いもの通しで二人組か三人組を作る。そして黒板に書かれた教室の図に、組の代表者同士がジャンケンをして、勝ったものから順に好きな席に名前を書き込んでいくという方法で決められていた。

 何処の組にも入っていないはぐれたものたちは、はぐれたもの同士で組をつくり、代表者がジャンケンに参加した。


 席は一班から六班に分かれており、男子女子それぞれ三人ずつ、もしくはどちらか二人がひとつの班とされていた。


 仁栄の班は二班で、仁栄自身、冬馬、咲子、由希子、そして彼の隣の席には、佐々木りょうが座っていた。


「どうやって女子のリレーに、男子のオレが足を引っ張れるんだよ!? 全然関係ないだろ?」


「全然関係あるわよ! あんたがコケたり、抜かれたりしたら、次に走る私たちのテンションが下がるって言ってるのよ!!」


「まあまあ、リョウちゃん……」


 前の席の咲子がりょうを宥める。


「はははっ!! 佐々木さんなりに、おまえを激励してくれてるんだぜ、きっと」


 冬馬はカラカラと楽しそうに笑いながら、仁栄の肩を叩く。


「別にそういうわけじゃないけど……」


 りょうは「フンッ」と鼻を鳴らすとそっぽを向いた。


 にそういうわけではないと、仁栄は確信したが、声には出さなかった。


「いつも二班は、楽しそうでいいなぁ」


 武が額に赤い鉢巻を試し巻きしながら笑う。


「ただ、はちゃめちゃに隣が五月蝿いだけだぜ」


 仁栄は、今度は思わず声に出してしまった。


 りょうが透かさず何か言おうとしたその時、ガラガラと教室の扉が開き、担任の若林が入ってきた。


「おはようございます。今日は、いよいよ運動会本番ですね。これまで皆さんは多くの時間を練習に費やしてきました。今日は、泣いても笑っても、最後の本番です。今までの練習の成果が出せるように、皆で協力して、一生懸命頑張りましょう。以上!」


 若林は低いトーンでゆっくりと話すと、黒板の上に貼っている四字熟語を指さした。


「三年一組クラス目標 『一致団結』」


 若林のその静かな口調とクラス目標は、クラスの全員の心に火をつけた。


「はいっ!!!!!!」


 三年一組は今、一丸となって戦場へと向かう兵士となった。

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