スーパーヨシムラ

 五月のある土曜日の午後、仁栄は自転車で隣の学区にあるスーパーヨシムラへひとり向かっていた。


 子供だけで学区外へ出かけることは学校に禁止されていた。しかし、来週の遠足のおやつを近所の小さなスーパーと、駄菓子屋だけで全部買ってしまうのは物足りないと彼は感じていた。


 ひとりで学区外へ出ることは少し心細かったが、まだ新しいクラスに仲の良い友だちがいない仁栄にとって、ひとりで行くほか選択肢はなかった。


 晴天の空の下、仁栄はどんなお菓子が買えるかと頭の中で想像しながら、水無川に架かる橋を渡った。水面は太陽の光を反射させてキラキラと輝いていた。


 橋を越えてしばらく自転車を走らせると、目的地が見えてくる。


 スーパーヨシムラは、都内に本社を置き、関東を地盤とする中堅スーパーで、去年この街にも建てられたばかりだった。


 仁栄は広くて真新しい駐車場を走り抜け、駐輪場に自転車を入れる。週末ということもあって駐輪場は混んでいた。彼が自転車に鍵をかけていると、突然後ろから声をかけられた。


「よう!」


 振り向くと、そこには先週来た転校生の冬馬が立っていた。


「トーマ!?」


「おっ? オレの名前覚えてくれてたんだな、サンキュー。ジンエー、だったよな?」 


 冬馬は少し考える仕草を見せて笑った。


「ああ、トーマも遠足のおやつ買いに来たの?」


 名前を覚えていてくれたことと、仲間が増えたことに仁栄は嬉くなる。


「ま、そんなところだ。確か、おやつ代は四百円までだったよな? 何を買おうかなぁ……」  


「違うよ、トーマ! 三百円までだよ。トーマの前いた学校は、四百円までだったの?」 


「いや、前の学校は確か千円までだったっけかな……。ここは、ケチィーな」


 冬馬は唇を尖らせる。


「千円!? マジで!? 嘘だろ?」


 そんなことを話しながら、ふたりは店内へと入って行く。明るい照明と楽し気なメロディーに歓迎されながら、二人はピカピカのバニラ色のタイルの上を、アイススケートを真似るように滑って行った。


「なあ、トーマ? ちょっと玩具売り場に寄って行かないか?」


 エスカレーターの手前で、仁栄がふと立ち止まった。


「ああ、いいぜ。でも、オレ先にトイレに行って来る」


 言うが早いか、冬馬は大急ぎで駆けて行った。


「おい! トイレの場所知ってんのかよ? オレ、二階にいるからなぁ!」


 返事をせず駆けて行く冬馬を見送った後、仕方なく仁栄はひとりで店内を見て回ることにした。


 一階は、宝石、洋服など仁栄にとって興味のないものばかりだった。


 彼は何度か両親と一緒に来た記憶を辿ってみる。お菓子は地下一階で、玩具売り場は二階にあったことを思い出す。


 冬馬のことが少し気になったが、トイレの場所は分かっているので、もし彼が玩具売り場に現れなければ後で探しに行けばいい、仁栄はそう考えるとエスカレーターに乗った。


 玩具売り場へ着くと、彼はガラスケースの中の恐竜型のプラモデルに一瞬のうちに釘付けとなった。大きいものは全長五十センチ以上もあった。それらを手に取り持ち上げている姿を想像すると、彼は段々と楽しくなってきた。


 仁栄は、クリスマスが来る前になんとか親に買ってもらう方法はないかと、あれこれ作戦を考えてみた。アイデアが流星のように彼の頭の中に降ってくる。


 肩を叩いて、お皿を洗って、洗濯物を干して畳んで、庭の草毟りをして……。夏休み中に家の手伝いをすることを思いついた。しかし彼はすぐにため息をついた。彼の遊ぶ時間が、大幅に減ることに気がついたのだ。彼はすぐに別の作戦を考え始める。再び、流星が彼の頭の中に降ってくる。


 今度は通信簿の成績を上げることを思いついた……。しかし、これは一瞬で無理だと彼は悟って苦笑する。彼は通信簿を下げる自信はあったが、上げる自信は全くなかったからだ。


「ちくしょう……」


 仁栄は天井を仰ぐように頭を持ち上げる。そのとき彼の視線の先に、巨大なスクリーンが入ってきた。ビデオゲームのセクションだった。そしてその横はアーケードセンターへと繋がっていた。


 仁栄の両親はビデオゲームを酷く嫌っており、勉強をしなくなるからという理由で、彼がいくら頼んでも決して買ってはくれなかった。何度か両親に頼むうちに仁栄の方が諦めてしまったため、彼はビデオゲームについてあまりよく知らず、また興味もなかった。しかし、アーケードセンターに関しては少し違っていた。


 アーケードゲーム機から流れてくる楽しそうな音楽にアナウンスメント、煌びやかなイルミネーションに遊んでいる子供たちの姿、彼の好奇心は強く刺激され、気がつくと彼の足は勝手に歩き出していた。


 仁栄が暫くの間、アーケード機を見て回っていると、何処からか怒鳴り声が聞こえてきた。彼は声のする方へゆっくりと近づいて行った。すると数人の少年たちが何やら騒いでいるのが目に入った。その中には同じクラスのあの「狂犬花田」こと、花田将次の姿があった。


 仁栄は少し離れたところから、しばらく様子を見ることにした。

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