転校生トーマ

 五月のゴールデンウィークも明け、皆が少しずつ新しいクラスに馴染んできたある日の朝、三年一組に転校生がやって来た。


「名前は遠山とおやま冬馬とうま。よろしくお願いしまーす」


 そんな無愛想な挨拶をした転校生を見て、仁栄は驚いた。彼はその転校生を知っていたからだ。他でもないあの日、橋の下でザリガニ釣りをしていたあの少年だった。


「よう!」 

 転校生も仁栄に気がついたらしく、軽く手を振った。そして、仁栄の方へ真直ぐ近づいて来ようとしたところ……そこを若林の筋肉質な右腕に捕まった。


「こらこら、まだ自己紹介は終わってないぞ!」


「うわっ! すみません」  


 肩をすくめて頭をかく転校生。クラスの何人かはそんな仕草にクスクスと笑った。


「さてと、せっかくなので、遠山のために一時間目の学活の時間を使って、質問タイムといこうかな」


「いぇーい!!」


「勉強じゃないぞー!」


「はーい! 質問、しつもーん!」


 次々と手を挙げる生徒たちを、若林は順番にあてていく。そして転校生の冬馬は、その質問に答えていった。


「先生ェー!」


 しばらく質疑応答が続いた後、何処からか低い声が若林の脳を直撃した。


 三年一組の担任となって一ヶ月が経った今では、若林はクラス全員の顔と名前、そして声を完全に把握していた。そして、この特徴のある低い声を彼が忘れるはずがなかった。


「岡本か? どうした?」


 当てられた岡本は、弾けるように席を立った。


「学級委員長として、こんな時のために僕、質問表を作って持ってきたんです。使ってもよろしいですか?」


「何? そうか、そりゃすごい! みんなどうだ?」


「いいぞー! 委員長!」


「ゴーゴー!」


「きゃー! 声低くぅー!」


 若林の合図を待たずに、岡本は素早く教壇の前へと駆けて来ると、転校生に向けて持参した質問表を読み始めようとする。


「お、おい……」


 慌てる若林を無視して岡本は続ける。


「オホン! それでは、転校生に質問、ハンドゥレェエエエエドゥッ!!! ヨォォォォイイイイッ、ストゥァァアトゥ!!!」


 岡本は頭にハンカチをバンダナのように巻くと、ボディビルダーのようなポージングを次々と決めていき、地を這うようなバリトンボイスのMCをクラスに放った。


 それは大人の若林のものよりもさらに低かった。


「……」


 こうして、先月くじ引きで決まった学級委員長、岡本了介おかもとりょうすけの鬼気迫るパフォーマンスが始まった。


「ニックネームは?」


「……トーマ」


「自分で思う精神年齢はおいくつ?」


「二十六歳」


「性別は?」


「男、みりゃーわかるだろ……」


「口癖は?」


「バーカ」


「好きな動物は?」


「うーん、ペガサス」


「友達といるときのポジションは?」


「ん? 何だそりゃ?」


「好きな女性のタイプは?」


「わっ! 何だ?」


「では、好きな男性のタイプは?」


「バ、バカだろ、おまえ?」


「ナンパする方、される方?」


「せんせー! ちょっとこの人おかしくないですか?」


「初恋は何歳? どんな人?」


「おい、ちょっと待てって!」


「今まで好きになった人の人数は?」


「好きな人のどんな仕草にドキっとくる?」


「付き合うなら年上? それとも年下? はたまたタメ年?」


「ピーーーーーーーーー!!! ピッピッピッピッ!!!」


 若林は首にかけていた体育用のホイッスルを力いっぱい鳴らした。


 クラスの何人かは手を耳に当てて顔をしかめている。


「ゼッケン、委員長、岡本了介! レッドカード、退場ォォォ!!」


「えーー!! 先生ェー! ちょ、ちょっと待ってくださいよー!」  


 その時ちょうど終業のベルが鳴った。


 クラスのみんなが一斉に笑い出す。仁栄も笑っていた。


「遠山、悪かったな。とりあえず自己紹介は終わりだ。一番後ろの空いている席、鷲尾の後ろに座ってくれ」


「はい」


 若林に肩を軽く叩かれると、冬馬はホッとした表情で、指定された席へと向かった。


「はい、それでは一時間目をながら、終わります。二時間目の体育は、第一グラウンドへ集合してください。今日は五十メートル走を測りまーす」


「はーい!!」 


 みんなの返事をしっかり聞いてから、若林は軽く咳払いをして素早くこう付け加えた。


「えー、それから岡本はこのあと、先生と一緒に職員室へ来るように。はい、以上です」


「えーー!!」


「ははははははっ!!」 


 再びクラスのみんなが一斉に笑った。今度は冬馬も笑っていた。それが何となく、三年一組へ来た新しい仲間への「ようこそ」という感じとなった。

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