新しいクラス

 体育館での始業式、各クラスの担任の先生について発表があった。


 仁栄は新しいクラスの中で整列しながら、無意識に知った顔を捜していた。


「えー、今年度三年一組の担任を勤めさせて頂きます、若林わかばやし宗徳むねのり(わかばやしむねのり)と申します。学生時代は剣道、サッカーなどをやっておりました。まだまだ駆け出しの新米教師ではございますが、ご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い致します!」


 学生時代剣道をやっていたという若林の声は、体育館中によく響き渡った。


「やったー! 男の先生だー!」


「いえーい!」


「よーし!」


「うわー、なんか怖そー」


「うげー、死んだなー」


「えー、結構かっこいいじゃん!」


 三年一組の皆は、それぞれに勝手なことを言って騒いでいる。


 今朝起きた時からずっと、担任は絶対に男の先生に受け持ってもらいたいと期待していた仁栄は、一緒に声を上げて喜んだ。


 校長先生の挨拶で式が終わると、生徒たちは新しい担任の先生に率いられて、クラスごとに新しい教室へと移動し始めた。


 移動中もまだ、知った顔はいないかと、キョロキョロと周りを見回していた仁栄は、誤って前を歩いていた生徒の踵を踏んづけてしまった。


「ってなー!! 何すんだよぉ!」


「あっ! 悪りぃ! ごめん、ごめん」


 仁栄がすぐに謝ったにも拘らず、その少年は狂犬のような物凄い形相で彼の肩に掴みかかって来た。


「だから、悪りぃって謝っただろ?」


「あんだとぉ?」 


 今にも取っ組み合いの喧嘩が始まろうとしたその時、狂犬少年の後ろから声がした。


「おい、ショージやめろよ! また先生に睨まれっぞ!」


 背の高い少年が、ふたりの間に割って入って来た。


「ちっ、くそがよぉ」


 そう吐き捨てると、ショージと呼ばれた少年はひとりさっさと行ってしまった。


「あいつ、『狂犬花田』こと、花田はなだ将次まさつぐ。あいつ短気だから、気をつけろよ。オレ、木崎きさき優二ゆうじ


 木崎はぶっきら棒に名乗ると、何故か仁栄をじっと見ていた。


「え? ああ、オレ、深水仁栄、三年一組……ありがとう」


「へー、同じだな……」


「そうなんだ!」


 彼も仁栄と同じ列にいたのだから、当然同じクラスに決まっているのだが、少しでも何か会話をしたいと思っていた仁栄は嬉しくなった。


 そして、「じゃあ一緒に教室へ行こうよ」と、誘おうとした瞬間、木崎はクルリと背を向けて、ひとりで先に歩き出した。


「……」


 その場に残された仁栄は、ひとり苦笑した。


 周りの生徒は次々に体育館を出て行く。彼も慌てて皆の後を追うように新しい教室へと駆け出した。 


 教室の黒板には、出席番号と座席表が書かれていた。皆それぞれ自分の番号を確認して席についていく。去年から同じクラスの者、違うクラスの者、教室のあちこちから簡単な自己紹介をする声が聞こえて来る。


 仁栄も自分の席を黒板で確認してちょうど座ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。


「あの、僕の名前は本城ほんじょうはじめ。よろしくね」


 振り向くと、眼鏡をかけた優しそうな少年が笑っていた。


「よろしく! オレ、深水仁栄」


 席に着いてから仁栄は驚いた。彼の二つ前の席に、先程の狂犬少年の花田が座っていたからだ。


「はい! それでは今から出席を取るので、呼ばれたら元気よく返事をして下さい!」


 若林は名簿を見ながら、名前を出席番号順に呼んでいく。呼ばれるたびに元気な声が返っていく。その中の何人かは仁栄の知った名前もあったが、特に仲の良い友だちの名前はひとりもいなかった。


 仁栄は何となく二つ前の席の花田と、木崎のことが気になっていたが、それでも彼は新しいクラスに胸を躍らせていた。

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