第30話 ユノとレイドとおじさん

 最後のウェーブ。

 上野レイド、モンスターの攻撃のラスト。これが終われば、平穏が守られる。

 主戦場では、たった3人の冒険者が、200に近いモンスターを、すべて足止めしている。

 氷の魔法使いである新宿・幻夜は、氷壁をつくり、防衛拠点を作成した。モンスターの移動ルートを数通りに固定することで、直接接敵するモンスターの数を減らす。各所でモンスターの渋滞が起こり、移動を長引かせる。いまの上野で戦うにはこれが一番だと思った。迷宮のような防衛拠点には、ホーネットも感心する。

「ッチ。アイツ、氷を溶かしやがって」

 新宿・幻夜が、わずかに抜けてくる蟻を倒しながら、そう舌打ちした。

 渋谷のエニグマは、防衛拠点内の大部屋に入り、戦闘でモンスターの数を減らしていた。一方向からくるモンスターを、ただ、なぎ倒す。炎の身体を持つ熊の召喚獣は、巨腕を振り回すだけで蟻を倒す。次々と出てくるモンスターに対して、エニグマは叫んだ。

「おかわり、もってこーーーいっ」

 ゴスロリ少女の高い声に、蟻が答える。口を震わせ、耳障りな音を立てる。

「なにいってるか、わかんねーーっ」

 熊が蟻を踏みつけ潰す。少女は、満足げに熊の頭の上に寝転がり、足をぱたぱたとさせていた。

 はるか上空から、ふたりの冒険者を見下ろす少女がいた。

 ホーネットは空を飛ぶ。爆発の推進力をコントロールし、長時間空中に滞在できる魔法使いだった。魔法のコントロールを強みにする殺戮の女王(キラー・クイーン)は、正確に長距離の狙撃を行う。

 オレンジ色のドームぎりぎりの上空から、400メートル先の地点を正確に狙い、爆発の魔法を撃つ。

「空からの急襲(エア・ストライク)」

 密集地点で蟻がはじけ飛び、10もの数が一瞬で消える。

 かつての通り名として「死神(リーパー)」と呼ばれていた少女は、誰の手も届かないような高度から、無慈悲で正確な魔法を使う。

 殺戮の女王(キラー・クイーン)に制空権を取られたモンスターは、火の海に苦しみながら、空を見上げることになる。その目には、残酷なまでに美しい月と、可憐に笑うメイドの姿が見えるだろう。

 たった3人の防衛ラインを、200のモンスターは超えることができなかった。3人の後ろで、主戦場の最終防衛ラインを務める、新宿ライオットのパーティーメンバーたちは、暇そうに幻夜の背中を見つめていた。

 順調な戦場で、違和感に気づいたのは、ホーネットだった。

 おかしい。

 ボスモンスターがいない。そう考えると、記憶のなかに蟻の上位種を吹き飛ばしたことを思い出す。

「なにが起こってる? 上野レイド」

 倒れたウィザードと、いまだに行方不明になっている、おじさんを思いながら、つぶやいた。


 ユノは、逃げていた。

 野外ステージのちかく。倒れている、おじさんの姿を見つけ、救出した。男を担ぎ、ひとが集まるゲートの近くまで運ぼうと思ったとき、異形と接敵してしまう。

 異形をひとめ見て、やばいと思った。

 悪魔。ひとのように、手足が二本ずつあり、尻尾と羽根の生えている姿。赤い瞳が、夜でも輝いている。灰色の身体に、長い爪と角を見せつけながら、こちらをじっと見つめてくる。

 目が合ったとたん、足がすくみそうになった。

 ああ、私、ついてないなあ。運が悪いのかも。

 ごめんね、おじさん。

 謝ってからから、全力で跳んだ。

 よかった、私のほうが速い。

 まぶたに焼き付いてしまった、こわい悪魔から逃げた。

 階段を、ぜんぶジャンプで飛ばして、公園の広場へと走る。

 息があがって、苦しい。重い足を、気力の力だけで動かした。

 背中に重さを感じる。いつも、守ってくれる大きな背中。いまは、わたしが守るんだ。

 そう思うだけで、体がふっと軽くなる気がした。

 速度を上げて、走るよりは、跳躍を繰り返し、広場へと出る。

 広場は形を変えていて、氷の壁のダンジョンみたいになっていた。

 壁が壊れる。爆発が続き、広場を抜ける最短ルートが見えた。

「振り返るな、いけっ。アタシが止める」

 ずっと上のほう、そこから、ホーネットさんの声がした。

 張り詰めた声だった。ホーネットさんも、悪魔を見たんだ。

「おねがいしますッ」

 私は、ホーネットさんを振り返らずに走った。

 ホーネットさんにも味方がいるみたい。銀色の髪色をした、格好いいスーツ姿の男性とすれ違ったり、遠くで炎の動物も見えた。

 また、速度が上がる。公園とゲートの間に立っている黒服の3人と、ぶつかりそうになって、咄嗟にジャンプして上に逃げた。着地して、またジャンプする。

 すべりこむように、ゲート前に着いた。

「だれか、回復魔法、ないですかっ?」

 地面におじさんをゆっくり横たわらせて、おじさんの手を握りながら、私は叫んだ。自分でもびっくりするぐらい大きな声が出たと思う。

 何人かの冒険者さんが、駆けつけてくれて、おじさんに淡い緑色の光をあてる。

「おじさん、起きて。お願い。まだ、終わってないよ。ホーネットさんが、頑張ってるよ。でも、あの敵から同じ雰囲気がした。ぜんぜん攻撃がきかなくて、挫けそうになる、あの敵だよ。お願い、おじさん。おじさんじゃないと、戦えない。おじさんが、そばにいてくれなきゃ、私、戦えないよ。だから、起きて」

 両手で、ぎゅっと握りしめた手を、おでこにつけて少女は祈る。

 重く静かに大地が揺れる。大規模な戦闘音がしていた。

 悪魔が襲い来る恐怖と、未知のモンスターが攻めてくる恐怖に、冒険者たちは凍り付く。

 重い物がぶつかる音がする。ゴッ、ゴッと何度も音が響き、激しく地面を転がって来るモノが見えた。ゲートの前の冒険者は、それを見て固まった。

 ひとが物のように転がり、飛んできた。

 その姿は、ボロボロで、擦り切れた体からは赤い血が流れる。負傷した銀髪の男は、なんとか膝で立ち、奥にいる敵を睨んだ。

「チク、ショウ。ホーネット、姉さん」

 新宿・幻夜は、倒れた。

 上野・ウィザードに引き続き、新宿・幻夜がやられた。

 その事実を受け入れられない冒険者たちの、パニックが起こる。

 冒険者は立ち上がり、大声でわめいた。叫び、怒りながら「どういうことだよッ」と声を荒げ、身内同士で争いはじめる。

 パニックは伝播し、誰もが戦う剣をもてなかった。不安に負けて、この場にいることがむずかしく、逃げていく冒険者が多い。

 この場にいる、ひとりの少女だけは違った。

「おじさん、ごめんね」

 そう言って、祈るように握っていた手を離す。

 公園広場から感じるプレッシャーが、近づいていることを、ユノは感じていた。

 どうにか鞘に納めている、曲がった剣を、再び抜いた。

 青い瞳を閉じて、目の端を光らせる。

 背中に守らなきゃいけないひとがいる。心を震わせ、決死の覚悟で、脅威を止めて見せると誓った。

 レイド、負けたら困るよね。

 駅、壊されたら、電車もいっぱい止まるし。

 明日、学校にいけなくて困る同級生もでちゃう。お仕事にいけない大人のひとたちもいちゃう。遊びに公園に来れないひとたちも、きっといる。

 誰かが積み上げて来て、誰もが望んで、みんなが求める、かけがえのない日常のために。

 レイドで傷ついた冒険者さんたちを思う。

 ウィザードさん、幻夜さん、そして今も戦ってるホーネットさん。それに、いっしょにレイドに参加したみんな。みんなの頑張りを無駄にしたくない。きっと、レイドに勝つ、当たり前の未来を、みんなが欲しがってる。

「私、いくね」

 勝てるかどうか、わからない。次は、命を落とすかもしれない。

 それでも。

 大好きな、おじさんのために。

 もう一度、剣を抜いた。

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