第29話 レイドと救援

 救難信号(レッド・シグナル)。その煙が焚かれると、各地の冒険者が積極的に集まって来る。レイドに参加している冒険者たちで相談し、パーティー単位で救援に行かせることもある。

 今回のレイドは、異常だ。ほかの、各地のレイドでも余力がなかった。ゲートこそ壊されることはないが、ひやりとする場面が多く、冒険者たちは、いつも以上に激しいモンスターの攻撃を受けながら、反撃の剣を振り続ける。

 上野の救援に行きたくても行けない。渋谷・新宿の両ダンジョンでは、冒険者たちの焦りが見えていた。

 その様子を見た元冒険者が、動く。

 仕事を放りだし、秋葉原から上野へと駆けつける。

 電気街のビルの上を、飛ぶように駆けるメイドの目撃情報が相次いだ。

 秋葉原「グレイス・ハーツ」の店長、ホーネットは、耳にはめたイヤホンから聞こえてくる情報に舌をうつ。上野の情報が入ってこない。救難信号(レッド・シグナル)以降の情報がないのは、異様だった。いやな予感を隠せず、魔法を全開に使用して飛び立つ。

 誘導されて、上野公園前の駅から、レイドエリアの内側に侵入した。

 いきなり、ゲートが割られかけていた。ゲートに、蟻が王手をかけている。

「性悪女(ヘル・キャット)」

 殺戮の女王(キラー・クイーン)の名前を取ることになった、二つの魔法属性。消滅と爆発。それらのなかで、もっともコントロールのきく十八番を撃つ。到着早々、ゲートを壊されるところと、自分の魔法でゲートを壊すことの両方を回避しなければいけない場面だった。

 冒険者は消耗しきり、虫の息で積みあがっているような状態だった。

 この状況で、よく持たせた。冒険者たちの献身に、血が滾る。

「メイド服のままだと、しまらねーな」

 つぶやいてから、目の前に迫りくるモンスターの大群の処理にかかる。

 破壊と殺戮は、ホーネットにとって、もっとも得意な仕事だった。

「爆発(エクスプロージョン)」

 モンスターの群れの中心を爆破する。周りのモンスター共々、爆風で倒れ吹き飛ぶ。

 視界が開けて、詠唱の隙ができた。

 数秒の瞑想と沈黙。メイドは、細めた目を、力強く見開く。

「絨毯爆撃(レッド・カーペット)」

 地面が盛り上がり、爆発する。波のように、連鎖していく。ホーネットの近くから、見える範囲の地面すべてが連鎖を起こし、爆破の波がモンスターを襲う。一度耐えたモンスターも、二度目の爆発で吹き飛んだ。

 到着してから10秒足らず。

 殺戮の女王(キラー・クイーン)は、圧倒的な力で戦場を掌握した。

 ホーネットは倒れている冒険者たちに近づく。

「美しい空(エアラ・ボニータ)」

 癒しの風が吹く。一帯にいる者、全員に効果のある回復魔法。

「回復魔法を苦手ぶってる性悪が、バレちまうな」

 皮肉げに笑いながら、全員を立ち上がらせた。

 立ち上がってくる冒険者たちに、ホーネットは聞いた。

「おい、だれか。黒いコートのおっさんと、女子高生っていう、援助交際かパパ活みてーな2人組いたの知らないか」

 周りの冒険者はうなずいた。全員に心当たりがあった。

「どこいった?」

 大きな斧を持った冒険者が言う。

「女子高生は、広場で戦ってる。おっさんは、ウィザードさんの救出に行って戻って来ない」

「一緒に、いねえのかよ。ありがとよ」

 ホーネットは、すぐに広場に向かう。足の裏に爆発を起こし、その勢いで飛び立った。

 あとに残された冒険者は、圧倒的な力の前に固まっていた。少ししてから、ようやく口を開く。

「いまの、殺戮の女王(キラー・クイーン)・ホーネットだろう。なぜ、メイド服?」

 後に残った冒険者は語る。おそろしく機嫌の悪いメイドが、おそろしく可憐に制圧していった。

 主戦場になっている広場でも、応援が駆けつけていた。

 ホーネットが到着したことにより、4つの勢力が入り乱れて戦っている。

 ひとつめは、最大戦力。主戦場を単身で駆け巡る女子高生冒険者ユノ。雷鳴轟かし、多くのモンスターを屠り続ける。

 ふたつめは、冒険者のパーティー、新宿ライオット。明るい髪色と黒服に統一した4人組が、応援に駆け付けた。新宿のレイドを、ほかのメンバーに任せ、主力だけで駆けつけて来てくれた。大規模なパーティーだからこそできる、援軍だった。

「氷結への誘い(ワールド・エンド・ダンス)」

 銀髪がなびく。整った顔の男が、モンスターを蹴りつけ、凍らせて割る。鮮やかに、数体のモンスターの間を滑るように踊っている。モンスターは踊らされるように、地面に倒れた。

 4人の中で頭ひとつ抜けた実力を持つ男が、幻夜(げんや)とよばれる新宿のホストだった。新宿・幻夜(げんや)は、新宿レイドを飛び出し、即刻駆けつけ、連戦に身を投じる。メディア露出も増え、新宿ダンジョンの顔として、実力も備えた冒険者と、そのパーティーだった。

 みっつめの勢力は、渋谷ダンジョンから駆け付けたソロ冒険者。ゴスロリに赤い髪をツインテールにした少女。渋谷の有名冒険者、名をエニグマ。炎の熊を召喚して戦う、特殊な魔法使い。

「いっけえーっ。炎神熊(エニグマ)ーーッ」

 ひときわ高い声で少女が叫ぶ。炎の熊の頭上で仁王立ちをしながら、戦場を見下ろし、熊に指示をだすスタイル。炎の熊は、遠目にも大きく、少女の5倍ほどの大きさがあった。蟻と巨像のように、ジャイアント・アントが大きな熊に踏みつぶされる。

 最後に到着したホーネットは、あまりの奇妙な組み合わせに眉間にしわを寄せた。

 女子高生・ホスト・ゴスロリ・メイド。

 どう考えても色物みたいな冒険者たちが集まり、破竹の勢いでモンスターをなぎ倒す。

 モンスターの勢いが衰えた。もうすぐ、このウェーブも終わりだ。

 空中のドローンが、9の数字をあげている。次でラスト。このメンツならば、勝算は十分にある。

 ホーネットはユノに向かって、大きな声を出した。

「ユノーッ、代わってやる。隠者(ハーミット)を探しに行きたいだろ。行けっ」

 メイド服の少女は、体の前で大きく右腕を突き出す。指を立て、ユノに向かって行けと指示した。一度、会ったことのある仲だ。ホーネットはユノのことを信頼できると思っていた。

「ホーネットさん? ありがとっ。行ってきます」

 額に浮かんだ汗で前髪を張りつかせながら、ユノは嬉しそうに駆け出した。炎の熊の頭上を飛び越え、公園の端へ向かって行った。早すぎるその背中は、目で見送る時間すら短かった。

「さて、と」

 ホーネットは、体を伸ばし、周りの2組に向かっていう。

「幻夜のボウヤ、渋谷のクマ、散るな、集まれ。守るぞ」

 冒険者は縦に厳しい社会ではない。それでも、この場でのホーネットの発言は大きかった。ホーネットと面識のある幻夜は、素直に従いパーティーメンバーを連れて集まる。ホーネットの近くへ来ると「オナシャス」と頭を下げる。周りの取り巻きは「幻夜さん?」と驚きの声をあげた。

 渋谷のゴスロリ少女は、炎の熊からジャンプし、飛び降りる。ゴスロリのスカートがふわりと舞った。エニグマと呼ばれる冒険者は、ホーネットを見て、乙女の顔を浮かべる。

「殺戮の女王(キラー・クイーン)・ホーネットさまーァ。レイドは2年ぶりですわよね。ああん、まさか一緒に戦える日がくるだなんて。はぁーーっ」

 ホーネットは、幻夜を見つめながら、エニグマに向かってアゴを振る。

「オイ。盛るな、クマ」

「うっせ、厨二ホスト。そのヅラ燃やすぞ」

「だれがヅラだ、コラ。泣かしてやろうか」

「おーよっ、やってみろよ。べーっ」

 エニグマは、痛いほど目の下をひっぱり、舌をだしてホストを挑発する。ふたりの間に黒服が3人入った。

「まあまあ、幻夜さん、落ち着いて」

「ほらほら、エニグマのお姉さんも。いつも幻夜さんが、すみません。ほら、渋谷レイドに救援いっても姉さんの炎のせいで役立たず扱いされるんで、幻夜さんも。いってェ」

「オイ、サブ。てめえ、今なんつった」

 幻夜はパーティーメンバーのホストの背中を小突いた。

「幻夜さん、今日も新宿称号手に入れて素敵ッスって言いました」

 サブと言われるホストは、幻夜に頭をはたかれ喜んでいた。

「調子狂うぜ、まったく。次も、そんな苦戦しねえと思うからいいけどよ」

 メイドとホストとゴスロリ。3パーティーとも、上野レイドは久々だった。戦って敵の強さも大したことはなく、気を緩めている。

 先ほどの女子高生の正体について、ホーネットが追及されているところだった。

 レイド最後の、モンスターの攻撃。

 ウェーブ10が、始まる。

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