第28話 ユノとレイドとゲート
上野レイドは、ウェーブ8まで進み、激戦となっている。
全体の半分のウェーブで、片方のゲートが破壊された。残ったゲートを守らなければ、冒険者は負け、モンスターが現実世界に侵攻し、大きな被害が出てしまう。にもかかわらず、モンスターは残ったゲートに集まるように動き、レイドの難易度は格段に上がってしまっていた。
上野レイドの冒険者は、必死に抗った。
ひとつのウェーブで100を超えるモンスターの数が、ゲートを破壊しようとなだれ込む。レイドに参加している冒険者の数は、50を切っていた。それでも、何人かいる腕利きの冒険者たちが中心となって、モンスターと戦い続ける。負傷した冒険者を、回復魔法使いたちが必死になって支えていた。回復魔法を唱えすぎて、気絶した冒険者までいる。全員が賢明に、モンスターへと抗っていた。
「あの子に負けてたまるかよ」
ゲート前を固める冒険者集団の先頭で、大きな斧を振るう冒険者がいった。その男のパーティーメンバーが叫ぶ。
「ゲート前、30体ぐらいしか来てない。残りは全部、減らしてくれてる。たった、ひとりで」
3メートルほどもある、巨大な蟻。盾を構えた冒険者が、盾ごと吹き飛ばされ、地面を転がる。その間に、ほかの冒険者が3人がかりで足を切断し、胴体にダメージを入れた。苦しみ、もがく蟻に、大斧を両手で担ぎ上げ、全身で振り下ろす。アリの固い頭に斧がめり込み、蟻は倒れた。
冒険者たちの周りにモンスターがいなくなり、一息つく。
ゲート前は、いまだかつてないぐらいの激戦だった。普段は平和なもので、たまにモンスターが来ては皆でボコボコにする。それを繰り返す程度の戦闘だった。広場を陣取るウィザードや、高レベルの冒険者たちが、モンスターたちを狩りつくしてくれていたためだ。ベテランたちが倒れたいま、上野レイドの防衛線が崩壊していないのは、たったひとりの冒険者のおかげだった。
上野公園の広場。ゲートから、200メートル離れた距離にある、上野の主戦場。
雷光が縦横無尽に飛び交う。電影が走り、そのすぐ後に、雷の近くにいたモンスターが、ばたばたと倒れる。巨大な蟻も、3メートルほどあるゴーレムも、等しく黒い塵になり、消えていった。
雷光の正体であるユノは、主戦場をひとりで支えていた。モンスターを倒しつくして、立ち止まる。
「はあっ、はあっ。はっ、はっ、まだっ。まだ、戦えるもん。余計な力が、多すぎる。もっと、鋭く、もっと、はやく」
物打ちの部分が歯こぼれし、打撃によって数ミリ曲がった剣を持った少女は、膝から力が抜け、座り込む。太ももやお尻をそのまま地面につけ、体を折り曲げ、剣を支えにして、どうにか上体を起こしながら、息を整える。
ウェーブとウェーブの間は1分もない。その間に、できるだけ回復して、すぐに走り回らなければ、上野が負ける。薄々と少女は、そのことに気づいていた。
桜が散ってしまった公園の並木を見て、来年、桜が見れないのはさみしいと感じた。駅前にあるハンバーガー屋さんで買うレモネードも、おいしかった。あそこが無くなると困ると思った。この場所には、自分の思い出がつまっている。ほかの人の思い出も詰まっている。自分だけじゃなく、誰かにとっても大切な場所なんだ。
「まだ戦えるよね、私。せめて、おじさんが、帰ってくるまで。つながなきゃ。私ひとりだと、大したことないけど、おじさんがいたら、絶対なんとかなる。ほかの、冒険者さんも、いっぱいいるし、みんな、がんばってる」
女子高生は立ち上がる。ふつうの女の子だったユノは、もういない。ダンジョンで、戦う才能を開花させ、悪魔との邂逅でレベルを上げた。並みいる冒険者を押しのけ、単独で大群とやりあえるほどの冒険者になった。
「つながなきゃ。私は、ひとりじゃない」
少女は、ポニーテールにした黒髪を揺らしながら立ち上がる。鞘にも入らない剣を構え、目線の高さで水平に持つ。
目を閉じて、集中する。使い慣れていない魔法を使うのに、時間を要した。使うことのできる魔法は増えたが、使える魔法は少ない。
彼女が尊敬する重力魔法の使い手のように、ふり返ると同時に魔法を唱えるような神業は、果てしなく遠い。熟練が成せる技だった。
「疾風迅雷(ライトニング・ストーム)」
あがった息のまま、魔法を唱えた。
体が軽くなる。感じる速度が遅くなり、体の反応速度は速くなる。体に雷を宿す強化魔法は、高速移動と短時間の飛行、空中での方向転換を可能にする。
ユノは、モンスターを視界に捉えた。距離にして140メートルほど。一歩、近づいた。強化状態での一歩は、120メートルの距離を詰めた。
剣を空振りする。横なぎに3回、水平切り。ユノはたいして力を入れていないが、オーバースペックの身体から放たれた脱力の一撃は、音速を超える。
衝撃派が激しい音を立て、モンスターを切断、あるいは吹き飛ばした。
ユノが本来の力を使うには、ゲート前は狭すぎる。どんどんと前線を上げ、ついには主戦場をもひとりで制圧してしまった。そこでようやく、力の使い方を覚える。衝撃派のスキルを主軸に攻撃を組み立て、広く大きな攻撃を放つようになっていた。
ウェーブ9に突入し、モンスターの数がさらに増える。
ユノは、いつでも全力だった。電光石火のごとく戦場を駆け巡り、天声を上げるように、モンスターをなぎ倒す。それでも、モンスターの討伐が追い付かない場合がある。そのときは、数の少ないほうを通した。多くのモンスターを倒し、少ないほうをゲートに通す。場合によって、追撃が間に合うときは、モンスターの背後を討ち、数を減らした。
戦場でのバランス調整。ユノのバランスによって、均衡は保たれていた。しかし、どうにか保っていたバランスが崩れる。
ゲート前の冒険者たちの戦線が崩壊した。
冒険者たちの運が悪かった。
ウェーブ9で、出現した一体の魔物。上野ダンジョン最下層に出現するモンスターであるジャイアント・アントの上位種、ソルジャー・アントが出現していた。普段ならば、上野レイドのボスを務めるほど強力な個体が、イレギュラーによりウェーブ9で出現し、ゲート前にたどり着く。
姿かたちは、ほかの蟻との違いが少なく、発達した甲殻と前足が特徴的な蟻だった。しかし、強さは格段と違った。ユノならば、多少の攻撃の通り辛さを感じるぐらいで、楽に勝てた。ほかの冒険者では、そうはいかなかった。もともと満身創痍で回復魔法使い(ヒーラー)も倒れるような状態の戦線で、強敵を相手にする余裕はなかった。
いま、残ったゲートの前で、斧を担いだ男の冒険者が蟻の前に倒れた。蟻は倒れた冒険者を前足で叩き飛ばし、ゲートに叩きつける。その間に残った冒険者が攻撃を叩きこむが、固い装甲に武器が弾かれた。小さな火力の魔法も、ダメージにはならない。
戦える冒険者がいなくなった。
負傷者と、後衛や回復魔法使い(ヒーラー)たちが、ゲートのすぐ傍にいる。成すすべはなかった。ただただ、悲痛な叫びをあげる。
「やめろ、やめてくれ」
「だめ、だめーーーっ」
「こっちだ、こっちに来い。来いよ、来いよーーッ」
自分が犠牲になることさえも、できなかった。
無力を痛感した冒険者たちの前で、強力な蟻は、冒険者たちを踏みつけゲートにたどり着く。
ソルジャー・アントは、ゲートに触る。大顎で、ゲートをかみ砕こうとしている。
冒険者たちが命懸けで守ろうとした扉を、モンスターが力でこじ開け、壊す。周りの人間は、放心した。今から予測できることに耐えるように、心を閉ざした。
負傷者たちの、悲泣のような声が、長く響き渡った。
その後は、突然だった。
「性悪女(ヘル・キャット)」
ソルジャー・アントが、ゲートに刺さった顎を残して消滅した。瞬く間に、顎も塵に消え去り、ゲートに傷だけが残った。
ゲートは残った。
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