第26話 おじさんとレイドと悪魔
レイド中、ふたつあるゲートのうち、ひとつが壊される。もうひとつあるゲートが壊されると、現実世界にモンスターが放たれ、甚大な被害が出ることになる。
残っているゲートの前では、冒険者たちの顔が凍り付いていた。
向こう側のゲートが壊されたということは、ウィザードがやられた可能性が高い。
残っている戦力で、ウィザードを倒したモンスターたちと戦わなければならない。
おまけに、電子機器がほとんど使えず、ほかのレイドの状況も確認が取れないような状態だった。
「ユノ」
「うん」
小さく声をかけると、ユノが寄って来る。しゃがんで、ユノと目線を合わせていった。
「僕は、ウィザードの安否を確かめたい。ただ、もうすぐここにモンスターがなだれ込んでくる。2ヵ所に分散していたモンスターたちが、1ヵ所に集まって来るんだ」
「わかったよ。私が、モンスターを倒せばいいんだね」
判断がはやい。周りの大人が慌てているのに、ユノは落ち着いている。
ユノは、決意し、剣の柄に手をかける。目を閉じて、大きく開いた。
その目には、誰が見てもわかるほどの勇気が浮かんでいた。
「まだ、負けてないよ。もう負けたつもり?」
ユノが、周りに聞いた。
少女にたしなめられる冒険者たちは、揃って足を止めた。不安も飛んで、腹をくくる。「やってやる」そんな声も聞こえてきた。
「おじさん、気を付けてね」
戦場で、ユノは笑って手を振る。
ああ、なんて戦場の似合う女の子なんだろう。
生き生きとして、この状況を喜んでいるように見えた。
「ユノ、上野を任せたよ」
「おじさん、向こう側の冒険者さんたち、助けて来てね」
いつものハイタッチで、僕らは別れた。
「神出鬼没(ジャンプ・ドライブ)」
僕は、負傷者の激しいエリアへと飛んだ。
浮遊感も一瞬で、足が地面についた途端に駆け抜ける。ぱっとみて、魔物の数が多い。レイドの魔物だけでなく、下級悪魔とレイスの姿を見て確信した。
間違いない。
僕がダンジョンで出会った悪魔が、地上に出て来ている。
モンスターたちが気づいていないうちに、背後から一体ずつ、ふいをついた。気づかれたら、一番後ろのモンスターの後ろに瞬間移動し、繰り返す。
粉々に砕けたゲートの近くで、多くの冒険者が固まっていた。かろうじて立っている近接職の冒険者たちが、多くの負傷者を守っている。
たった一人の救援で悪いね。そう思いながら、戦友たちに襲い掛かるモンスター共を射程にいれた。
「天地返し(アラウンド・ザ・ワールド)」
広範囲の重力魔法。質量がモンスターを圧し潰し、ぺしゃんこにする。
一秒の時間が惜しい。配分なんて気にせず、魔法を撃っていた。
「ウィザードは?」
傷ついた冒険者たちに聞いた。魔物の影が無くなり、救護のための人員が入り乱れる。ひとりひとり、素早く外に連れ出されていた。
剣を杖代わりにして立つ男の冒険者が言った。最後までモンスターに抗っていたうちのひとりだった。
「ひとりで、壁の向こう側にっ。さっきまで、魔法の音がしてたんですッ。けどっ」
「わかった」
頷く。男は、地面に倒れ込む。僕は、その戦士を抱えて、そっと地面においた。申し訳ないが、回復魔法をかける余裕は、ない。
阻むようにそびえたつ、鉄の壁を見上げる。ウィザードの鉄の城壁(キャッスル・ウォール)か。ここで、悪魔を分断したことに気が付いた。
飛び上がり、壁の端に指をかける。体をぐっと持ち上げ、城壁の上へと昇った。
熱い空気が顔に当たる。思わず、顔を手で覆って、目をふさいだ。この一帯、熱風が吹いている。
どれだけの魔法を使ったら、空気が乾き、温度が上昇するのだろうか。
ウィザードを見つけた。地面に、力なく横たわっている。
見つけやすい位置にいる。その一点が気になった。見つけてくださいと、置かれているようだ。
意図的に負傷させられた可能性がある。近づくのは危険と判断した。
公園を覆うドーム状のエリア端。バリアと地面が接しているポイントに向かって走る。この、気味の悪い色のドームを一歩出るところには、多くの人たちが中の様子を見ながらいてくれる。
「呼び声(コーリング)」
任意の対象を転移させる魔法で、ウィザードを呼び寄せた。呼び寄せ、担ぐと同時に、城壁の上から飛び降りながらも、レイドエリアを出る。この空間、冒険者の出入りは自由だが、モンスターは外に出られない。安全区域にウィザードを運び出せた。
ウィザードの首筋の太い血管に沿うように、指を三本あてる。脈は取れる。
「せんぱ、い?」
目が開き、かすれた声がする。瞼は重そうで、目に力は入っていない。だいぶ、攻撃を受けたようだ。良い装備がボロボロになっている。
「大丈夫だ、ウィザード。よくやった」
「レイドは?」
「まだ続いているよ」
「戻ら、ないと」
使命感だけで、動こうとする。その力は、いまのウィザードになかった。
「ウィザード、僕を信じろ。代わりに僕が戦うから、休め」
「先輩。悪魔、悪魔がいます。強すぎる。勝てなかった」
悔しさと恐怖を涙に変え、腕で顔を力強く押さえつけていた。
「命あるだけで、十分だよ。よく生き残った」
ギルドの腕章をつけたスタッフが、ウィザードの周りに集まってくる。みんなが、ウィザードの心配をして駆けつけていた。
唇を噛みしめる彼を見せないよう、ウィザードの上体を起こして、抱きしめた。
「すみません」
すぐに、そんな声がした。ウィザードを信頼できるギルドの職員たちに引き渡す。
レイドに戻らなくては。ここから敵の数を削りながら、ユノと合流し、ふたりで残ったゲートを守らなくてはいけない。勝ち目はまだ、残っている。
「救難信号(レッド・シグナル)は、見えた?」
ウィザードの周りに立つ、ギルドのスタッフに聞いた。
「はい。近くのレイドに、救援を呼んでます。早ければ、ウェーブ8には駆けつけるかと」
いまのウェーブは、5か6のはずだ。過激さを増していくモンスターの波を、今の戦力で2回、跳ねのければ希望はある。ユノと僕とで、可能だと思った。
正体不明の悪魔さえ、ちかくにいなければ。
そう脳裏をよぎったときだった。
周りの人間たちが青ざめる。目線の先を追うと、レイドの結界内に人影が見えた。
とん、とん、とん。
オレンジ色の結界を叩く。まるで、だれかをよんでいるようだ。
ローブ姿の、人間のシルエット。はっきりとわかる。
悪魔だ。
その様子に、報道用のカメラを構えたTV局の職員が叫んだ。
「あいつ、映らない。画面に映らないぞッ」
そんな声をかき消すように、激しくバリアが叩かれる。殴るように叩きつけると、バリアが揺れるように動いた。
あいつを放っておくとまずい。
僕が一歩前にでたときだった。
悪魔が、僕を指さした。
指をさして、手招きする。
そして、もうひとつあるゲートを指さす。下を向いた親指が、目の前を横切った。
『おまえが来ないと、ゲートを壊す』
悪い、ユノ。そっちに行けなくなりそう。
同じ戦場で戦うパーティーメンバーに、心の中で謝る。
僕は、悪魔に立ち向かうために、戦場へと戻ろうとする。
「行くん、ですか? あなたは、いったい」
同じ状況を見て、レイドエリアから一歩遠ざかる、ギルドの職員が聞いてきた。
「こっち側から、誰も入れないように。向こう側のゲートのところから冒険者を誘導して。よろしく」
ギルドのスタッフにそう言葉を投げかけると、再び、戦場へと戻る。
迷うことなく安全を捨て、死地へと踏み込んだ。
ローブの悪魔は、遠くで手を叩く。場所を変えるみたいだ。いくらでも、釣られてやる。不忍池の外周を走り、悪魔を追跡した。
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