第25話 おじさんと上野レイドと救難信号

 はじめてのレイドに緊張していたユノも、緊張を解いた。

「ウェーブ・クリア。次は第5ウェーブです。残り5、お願いします」

 ウィザードが連絡を入れてくれる。少しすると、空に浮かぶウェーブを表す数字が5になった。モンスターが出現したようだ。いまだに、ゲートは無傷だった。

 ユノは、リラックスしていても、目で周りを警戒することはやめなかった。落ち着きながらも、たまに戦いたいように剣に触れている。

「このまま、何事もなければいいね」

 ユノが僕に向かって、そう言った。周りの冒険者と、僕の口がはもる。

「あっ」

 言っちゃった。シンと固まり、ユノに視線が集まる。そんな空気にユノが周りを見ながら、口をふさいでぶんぶんと首を振る。

 笑いが起こった。

「それ思ってたのに、誰も言えないんだよなあ」

「そうそう。言っちゃうと、一気に忙しくなるから」

「いわゆる、ジンクスってやつ?」

「言ってくれて助かるわ。緊張で死にそうだった」

「ウィザードさん、やべーよ。ひとりで200体倒してる。ほら、速報」

「ほかのダンジョンで救難信号(レッド・シグナル)でてない?」

「どこも大丈夫。大阪なんて、もう7ウェーブいってる」

「影虎やべーな」

「新宿は? 幻夜さんは?」

「落ち着けよ、おまえ」

 口火が切られた。周りの仲間たちも、みんな緊張して、みんな同じことを思っているらしい。

 ユノは顔を赤くして、僕の後ろに隠れて、深呼吸をしていた。みんなに見られて恥ずかしかったよう。ぎゅっと僕のコートを握っている。

 ユノの肩に手を当てた。強めに叩いた。ユノは気づいて、柄を握った。

 周りが談笑しているなか、僕は言った。

「コンタクト。センターから3体以上」

 言葉と共に、緊張が走り静まり返る。いくら話していたとはいえ、周りに居るのは冒険者だ。切り替えがはやい。

 ユノと僕は20メートルほど前に出た。見晴らしのいい道路がある。目視でモンスターを捉えた。

「射程入ったら、斬っていいよ」

 ユノが僕より一歩出て、抜刀の構えを取る。後続が追い付くまでに、モンスターはユノの射程に入る。

「っし」

 口から息をもらすような、音がした。

 しっかりと後ろから前へ重心を移動しながら、剣を抜き放つ。

 三日月の形をした衝撃派が、飛ぶ。

 長い距離を走り、威力を落としながらも衝撃派は、モンスターに当たる。

 綺麗な切断面のせいで、ななめに体を崩す石の巨像と、上半身がズレて飛び落ちた蟻が出来上がった。

 撃ち漏らしているのは、本人が気づいている。続けて、バツを描くように素早く剣を走らせた。遠くで、残った一体の芋虫が、ちぎれ飛んだ。

 ユノは静かに剣を鞘に納める。

 周りから歓声があがった。

「なに、そのスキル? 魔法?」

「かっけええーーっ」

 後ろからの歓声に、ユノはぴんと背筋を伸ばした。

 大人の男性が苦手らしいユノは、周りのお兄さんたちに声をかけられても、体を固くしている。

「あ、ありがとうございます」

 そう思ってたら、自分からコミュニケーションを返していた。思わず出た笑みを隠し、公園の真ん中あたりを見る。探知の魔法に、モンスターはかからなかった。少し、落ち着いたか。

「おじさん、あっ、あれっ」

 ユノが強張った声を出す。今いる位置より、西のほう。

 赤い煙が、立ち昇っている。

「救難信号(レッド・シグナル)だ」

 だれかがいった。まるで、他人事のようだった。

 呆然と立ち尽くす、僕らの前で、サイレンが鳴り響いた。

 ふたつあるうちのゲートが、ひとつ壊されたサイレン。

 ゲートが、壊された。ウィザードの守っていたほうのゲートだ。

 頭の中では、サイレンの鳴り響く音が、何度も何度も反響していた。



 すこし前。

 上野公園にある黒門跡ちかくに、そびえたつ異界の門。

 数多くいる冒険者のなかのひとりに、ロングコートを着た青年がいた。杖を脇に挟み込みながら、各地のレイドの状況を確認している。

 上野のウェーブ数が5に変わる。いくつかのパーティーが、上野公園を走り回り、多くのモンスターを減らしてくれているのを、遠見の魔法で見ていた。しばらくは、彼らに任せておいてもレイドは回る。それに、頼れる先輩のパーティーもいてくれる。

 上野ダンジョンには、レイドに参加させてはいけないような初心者が多い。人が集まりにくく、苦戦しやすいのが昔の上野レイドの特徴だった。ここを、守らなければいけないと、志を同じくする仲間たちが増え、レイドは安定してきた。それでも、安心はできない。

「まだまだ上野の称号は、渡しませんけどね」

 戒めのように、そうつぶやく。

 ギルドナイトの立場上、パーティーに肩入れするような形での参加はできず、単身での参加が求められる。パーティープレイに専念できないまでも、協調できる仲間とレイドに参加できるのは、嬉しかった。

 第5ウェーブも、モンスターの数を半分に減らしている。

 次のウェーブから、前に出よう。杖を手にして、歩き出そうとしたときだった。

 周りにモンスターの大群が出現した。

 悲鳴と混乱が起こる。ウェーブの途中で、いきなりモンスターが出現するなんて経験は無かった。

「火炎の奔流(フレイム・ストーム)」

 モンスターがまとめて出現した地点に向けて、炎を放つ。

 熱が風を起こし、熱風が吹いてくる。

 燃え上がる炎の渦が、モンスターの大群を飲み込んだ。

 安心したのも、つかの間だった。

 放った炎の中から、魔法が飛んでくる。

 中級の魔法弾。青い光が炎を突き抜けて、いくつも飛んでくる。周りの地面で爆発し、爆風が飛んできた。なかには直撃した冒険者もいた。

 振り返らず、目の前の脅威を見つめる。

 炎に焼かれながらも、前に進む敵影が見える。

 ヤギの頭をした二足歩行の巨漢。下級悪魔(レッサーデーモン)の群れだ。

「落雷(サンダーボルト)」

 耳をつんざく稲妻の音。眩しくて目を開けられないほどの雷光が走る。

 数体、モンスターを倒した。

 後ろでも悲鳴が上がった。後ろからも、レイドのモンスターが迫っている。

 起こした炎が消えた。奥から、下級悪魔と死霊の魔法使い(レイス)が数十の規模で現れている。異様な存在が見えた。魔物の大群を率いるように先頭に立つ人影。ローブ姿の人間のような恰好をした姿が、魔物の前で、こちらを向いている。

「先輩、先輩。例の悪魔です」

 小さな声で交信を取ろうとした。

 ザーッ、という音が返って来るのみだった。ドローンの類も、機能が停止している。ウェーブを示す数字も上がっていなかった。

 肩を落とす暇はない。

 後ろのモンスターは、周りの冒険者に任せ、目の前の悪魔を相手取る。

「鉄の城壁(キャッスル・ウォール)」

 自分の足元に、壁を築く。大きく地形を変える変化。地面が揺れ、壁がせりあがる。5メートルほどの鉄の城壁を築いた。壁の端に足をかけ、悪魔を見下ろす。

 集中し、悪魔に杖を向ける。

「隕石衝突(メテオ・インパクト)」

 空に隕石をつくりだす。上空からすさまじい速度で落ちてくる隕石が、地面を激しく叩きつける。

 爆風と熱の波が、荒れ狂うように襲った。影響範囲は広漠で、測りきれない。

 レイドでなければ、一面が焦土と化し、クレーターができているほどの一撃。

 ひとたまりもなく、モンスターは塵も残らず消滅した。ただし、悪魔は残っている。

 ウィザードは、城壁の上から飛び降りながら唱える。

「多重詠唱(マルチスペル) 自動照準(オートエイム)、自動追尾(ホーミング)、自動詠唱(オート・アリア)」

 頭に強烈な負荷をかけながら、論理演算を設定していく。

「魔笛・詠唱破棄(ザ・ウィザード)」

 魔法使いが、ただひとり。悪魔と向き合う。

 悪魔が再度、モンスターを呼び出した。先ほどの倍の数の魔物の大群が現れ、形を造られる。

 辺り一面が、強力なモンスターに埋め尽くされた。下級悪魔のモンスターと、大狼と、骸骨の魔法使いの一軍が集まる。

 ウィザードは、平然と指を鳴らす。

 モンスターが魔法使いに近づき、襲い掛かる。

 いきなりだった。魔法使いの直近に、隕石が落ちた。衝突の衝撃が周囲に走り、モンスターはゴミのように消し飛んだ。

 バリアを張ったウィザードと、悪魔だけが無事に立つ。

 極限まで研ぎ澄まされた集中力が、魔法の詠唱を不要にする。奇跡を発動させるための詠唱も、脳内で処理される複雑な敵の選択も、思考の範囲外で行われる。

「先輩を、いや、仲間を傷つけられて黙っているほど、できた人間じゃないのでね。仲間の受けた痛みぐらいは、返させてもらいますよ」

 隕石が、悪魔と衝突した。

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