第24話 おじさんとレイドとウィザード

 上野駅前に、ゲートがそびえたつ。地獄の門のように、固く閉ざされた大きな扉。上野公園には、ダンデの地獄の門をモチーフにした作品があるが、あれほど見た目上のおそろしさはない。しかし、ゲートからは、見た目以上の重々しさと、プレッシャーを感じる。

 ゲート前には、多くの冒険者が集まる。チームごとに集まり、ばらばらに立っているように見えるが、向かう先はひとつ。モンスターと戦うために、僕らはいた。

 ユノと連れ立って、ゲート前の冒険者の集まりに加わる。古い冒険者の性質なのか、こういうところに来ると「お疲れ様です」とか「よろしくお願いします」と声をかけながら歩いてしまう。周りに居る熟練の冒険者たちも慣れたもので、手をあげて応えたり、丁寧に頭を下げる冒険者まで、さまざまだった。

「冒険者って、こんなにいるんだね」

 ユノが小さな声で、口に手をあてながら耳打ちしてきた。

「普段上野にいない冒険者でも、レイドのために来てくれるんだ。見てるところ、50レベル超えてる人も、ちらほらいてくれてる」

「えっ、わかるの?」

「装備を見ればわかる。慣れればね」

 共に戦う冒険者同士、顔を合わせ、装備を確認するのがクセだった。

 片手をゲートに当てる。重厚な石の扉なのに、どくん、と生きているような動きを感じる。これが、不気味なところだった。

「わっ」

 同じように触ったユノがびっくりして、手をひいた。その様子をみた周りの冒険者まで、冒険者あるあるに緊張を解いていた。

 戦闘が苦手な冒険者でも、レイドに参戦してくれている。とくに回復魔法使い(ヒーラー)が来てくれると、レイドの安定感が全然違う。負傷しても一度前線から下がるだけで、すぐに前線へ戻ることができる。パーティーに所属していない回復魔法使い(ヒーラー)たちが、目立つ十字の腕章をつけて、後衛に控えていてくれる。

「おじさん、なんでみんな、ここで固まるの?」

「穴熊っていって、基本的な戦術なんだ。これが一番守りやすい。腕に自信のあるパーティーが広場とかに陣取ってモンスターの数を減らしてくれるから、残ったモンスターを、みんなで食い止めるんだよ。レイドに慣れたら、広場でモンスターを狩ろうか」

 レイドは、タワーディフェンスゲームに例えられる。突破されてはいけない地点の前を固める穴熊は、各地で見られる戦術だった。

「先輩、はじめます」

 ウィザードの静かな声がする。

 はじまりは、魔法使いが知らせてくれる。

 ここより500メートルほど離れたところにいる、ウィザード。

 西の空に、光が昇った。ウィザードの放つ、青い光。

「降り注ぐ光の矢(アローレイン)」

 いくつもの光の筋が、天空を駆ける。放たれるのは、魔法の矢。長い光の尾を伸ばしながら、流星群のように、矢が落ちていく。矢が落ちる先は、ばらばらで、公園内を縦横無尽に走っているようにも見えた。

「ウェーブ・クリア」

 簡潔な言葉が聞こえてくる。

 モンスター側の侵略の一手目は、開始までの時間を使ったウィザードの後の先によって、消し飛ばされた。

 公園すべてを射程に入れている範囲。正確にモンスターを打ち抜く精度。確実にモンスターを倒す威力。これから組み合わされると、まるで化け物だ。

「次も頼むよ」

 インカムを使って、ウィザードに言った。

 優しい魔法使いは、戦場に出ると圧倒的な実力を見せつける。

「任せてください。今日は、調子が良いようで」

「いつもは、1体か2体ぐらい、こぼすのにね」

 ウィザードの「やめてくださいよ、先輩」という声が聞こえてくる。インカムを切ってから、僕はつぶやく。

「先輩っていわれるの、プレッシャーだなあ」

 その様子を見たユノが聞いてきた。

「いまの、ウィザードさん?」

「そうだよ。開幕一撃目で9割ぐらい数減らしてくれる。次からは少し大人しくなって、ウェーブ6辺りからウィザードが、また動き出すよ。あいつから上野の称号奪い取るの、影虎でも難しいんじゃないかな」

 ウィザードの一撃は、上野の冒険者を大きく勢い付ける。ゲートの位置にいた冒険者たちにも、慣れた光景なのだろう。ウィザードの魔法が終わった後、公園内に散らばりにいった。誰もが戦意に満ち溢れ、やるぞという気概に先走る。

 上野最強の魔法使いは、冒険者からの尊敬と憧れを一心に受けていた。

「ウィザードさんの魔法、すごいけど公園を壊しちゃわないのかな」

「それは大丈夫だよ。レイド中は、公園内の木とか建物は破壊不能になってるから。そうじゃないと、ウィザードが魔法使うたびに美術館や博物館が消し飛んじゃうからね」

 破壊不能オブジェクトになっていない現実世界で戦うと思うとゾッとする。

 実際、レイドに負けると街が破壊され、世間へのダメージが計り知れない。モンスターに駅が壊されたり、ビルが壊されたりすると、損失が大きすぎる。

 いくつかのチームが狩りに出かけたゲートの前でも、それなりに数のいる冒険者たちに交じって僕らはいた。

「ユノ、強化魔法かけておくよ」

「うんっ。お願い」

 周りを警戒していたユノが、僕に向き直る。

 右手を伸ばして、ユノに向けた。

「加速(ヘイスト)、身体強化(エンハンス)、重力強化(G・アンプ)、重力障壁(G・ウォール)、反重力鎧(G・アーマー)、対魔障壁(マジック・バリア)、超人強化(スーパーアーマー)、付与重力(G・オーラ)」

「フルバフのほう?」

「なにがあるか、わからないからねえ」

 ユノは冒険者カードを確認する。

「うわーっ。おじさん、みてみて」

 スキル欄を表示させた状態で、ユノがカードを見せてくる。

 小さいカードにぎっしり書かれた文字をよむ。

 名前 【ユノ】

 クラス【勇者】

 レベル【53】

 体力 【80+45】

 筋力 【85+45】

 技力 【90+35】

 素早さ【99+45】

 知力 【78】 

 精神 【80】

 運  【99】 

 スキル【11】

【身体能力強化】【剣術】【高速詠唱】【雷魔法】【神聖魔法】【衝撃派】【見切り】【獅子奮迅】【オーバーキル】【悪魔殺し】【魔法抵抗】

 

 なに、このステータス。バグかな?

 冒険者カードを見る。ユノを見る。もう一度、カードを見る。

「僕、必要?」

「いるよー。おじさんがいないと、だめだよ」

 剣を振るうと衝撃派が飛び、物理が通りにくい相手には、魔法でごり押しもできる。高火力アタッカーと化したユノを見ると、モンスターに同情しそうだった。

「ウェーブ・クリア」

 ウィザードが教えてくれる。

 周りの冒険者たちが、頑張ったらしい。モンスターは、ゲートを見ることなく撃退されていた。

 今回のレイドで、ユノが剣を振るうことがあるのかな。

 上野のレイドが苦戦するイメージは、もう古いものらしい。

 育った冒険者や腕自慢が助け合い、順調にウェーブをクリアしていく。

 活躍する機会がないユノには悪いが、冒険者の成長は喜ばしいものだった。

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