第23話 おじさんとレイド

 満月の夜は、冒険者にとって特別な意味を持つ。

 満月の夜は、戦争だ。モンスターレイドという、魔物と人間の戦争。決して負けるわけにはいかない、冒険者たちの戦いだった。

 主役は冒険者だが、警察や自衛隊、消防なんかもレイドに参加する。民間人の避難や負傷した冒険者の救護に当たってくれたり、必要なバックアップ体制を取ってくれる。

 後方支援も万全だからこそ、冒険者はモンスターに専念できる。

 ダンジョンのモンスターは、ダンジョンの武器でしか傷つかない。異世界のルールが、戦車よりも、剣と魔法を強くした。モンスターと戦えるのは、冒険者だけだった。

 日が落ちて、満月が輝く空。

 都会の喧騒も消え、上野が静まり返る。

 僕は、上野公園の大噴水ちかくの階段に、腰かけていた。警察が辺りをくまなく見回り、避難誘導を終えている。準備を終えた冒険者たちが、続々と集まる。ダンジョンのある各地で、同じような光景が起こってるんだろう。

 まぶしい月夜に、冒険者は集まる。美しい誘蛾灯に集まる、蛾を退治するために。

 ダンジョンが出来てから10年と少し。世間がこのレイドを祭りのように楽しむのも、むりはなかった。冒険者は、一度も負けていない。各地の侵攻に、各地の猛者たちが身を削って勝ちを続けている。だからこそ、冒険者は世間に認められ、必要な存在だと理解されている。

 耳につけたインカムから、声が聞こえてくる。

「先輩、よろしくお願いします。上野駅前のほう、頼みました」

「了解。池とか西郷隆盛像あるほう、よろしく」

 レイドの間は、ウィザードと連絡を取る。もしも、上野のレイドで異変があったり、ほかの場所でのレイドで異変があった場合、即座に対応できる冒険者は、僕らとユノだけだった。上野のレイドが、はやく終わった場合、新宿か渋谷に応援へ行かなければいけない。レイド中、そちらで応援が必要になった場合、なんとかするのも僕らの役割だった。

 もう少しすると、上野公園すべてが、オレンジ色をしたドーム型のバリアに覆われる。バリア内に現れるのが、ゲートと言われる防衛地点。上野レイドでは、上野駅前にひとつ、公園のはずれにひとつ、ゲートができる。そのゲートがふたつ共モンスターに壊されると、バリアが壊れ、モンスターを放ってしまうことになる。それを防ぐために、僕らはゲート前を固める。

 レイド中、モンスターの侵攻が、10回ある。いきなり出現して、波のように群がって攻めてくるモンスターたち。それを10回耐えれば、僕らの勝ちだった。

 レイドでは、モンスターの出現を、ウェーブという単位で数える。空に浮かぶドローンが大きく数字を出してくれるので、それを見てウェーブ数を確認できた。

 10回目のウェーブで出てくる強力なボスモンスターを倒し、モンスターを殲滅すればクリアとなる。

 各地のレイドに参加したことを思いだす。どのレイドにも、その土地の称号もちが参加しており、スポーツ感覚でモンスターを倒しているような光景があった。上野・ウィザードは当てはまらないかもしれないが、梅田・影虎なんかは、全ウェーブをひとりで無双する。新宿や渋谷の称号もちも、若く腕利きだと聞き及んでいる。つまるところ、その土地のレイドに慣れた冒険者に任せておけば、レイドは終わる。

 月をぼんやりと見上げて思う。今回も、そうだといいけど。

「お待たせっ。おじさん、装備もとに戻ってるね」

 夜に紛れる、漆黒の装備。僕とユノの装備は、なんとなく色合いが似通ってしまっている。お互いに、動きやすさを重視した軽装で、黒いコートを着ていた。ユノは、動きやすそうなハーフパンツから、透き通るような白い肌を見せている。肉付きよく、すらりと伸びた足が眩しかった。

 あごひげを触り、あらぬ方向を見ながら、ユノに言った。

「同じ格好だねえ。親子ファッションっていうの?」

「えー、ちがうよ。ペアルックっていうんだよ」

 すねたように、ユノが言った。

「おじさん、そういうの疎くてね」

 なだめるのも下手な僕は、ただ慌ててしまう。

「いいよー。ねっ、おじさん。全力で戦って、いいんだよね?」

「もちろんさ。僕より強くなったユノの初陣だ。全力でサポートするよ」

 ユノは、その場で笑って見せる。手を後ろに組んで、体を傾けながら、僕に聞いた。

「おじさん。おじさんの背中、私に守らせてくれる?」

 ユノは、本当に強くなった。数字の上では、僕よりも強い。それでも、まだまだ経験不足で未熟だと本人も知っている。もう、立派な相方に成長してくれていた。

「安心して、任せられるよ」

 本心から、そう言った。ユノは嬉しそうに、ジャンプしながら拳を握る。

 そんなときだった。

 月の光が、赤く染まる。

 上野公園をすっぽりと覆いかぶさる、ドーム型の結界が現れる。ゆらゆらと揺れるような光は、すぐに固まって、半球状の結界になった。

「この色、綺麗って言えないね」

 僕とユノが痛い目にあった、悪魔の領域の色だった。夜明けの空のような黄赤色は、月を赤く染める。

 空を見上げてから、視線を僕に落としてくるユノに、声をかけた。

「大丈夫。おじさんが守るから」

 僕にできることは少ない。そのなかで、何が邪魔しようともやると決めていることを、言葉にした。

「一番、安心するよ」

 ユノの肩から力が抜けた。

「戦う前に、ユノ。ひとつ、差し上げたいものがあるんだ」

「なんだろう。おじさんからは、いっぱいもらってるよ?」

 腰に手を当て、眉を下げながらも、ユノは僕の前へ来る。

 僕は立ち上がり、マジックボックスから、一本の剣を取り出す。

 先ほど、別れを惜しみ、入念に手入れをしていた。親友の愛剣であり、愛娘へ送られる一本の剣。

 剣に飾りは無い。

 切っ先鋭く、刀身に掘られた溝は、刃の半分ほどの長さ。柄は長く、片手でも両手でも扱える。柄には鮫皮が巻いてあり、その上に黒い柄糸を巻いた糸巻き柄。元々の鋼のグリップよりも、握りがしっくりくる。刃と柄を結ぶガードは、厚く剣先へと反りが入っている。

 なんと言っても、この輝きだ。

 赤い世界を切り裂くように、剣が青く輝いた。

 希少金属であるミスリルは、光に当てられると青く輝く。

 白銀の刃は、青い光を放ちながら、少女を魅了した。

 ユノの大きな目が、輝きに満ち溢れる。

 ダンジョンで見つかる剣として、最上位クラスに位置する剣に、剣士が魅了されるのは仕方が無かった。

 片手で持つと、ずしりと重みを感じるこの剣をユノに差し出す。

 ユノは、両手を差し出した。柄をしっかりと握り、刃に指の油をのせないように、もう片方の手を添える。

 片手で握りを確かめる。

「おじさん、この剣って、もしかして」

 剣から視線を僕に向け、鋭い目で見つめてくる。

 僕は、ただ頷いた。

「そっか。うん。ありがとう」

 言葉は、剣に語られた。

 握りを強くして、ユノは剣を持つ。

 剣の鞘を渡すと、素早く鞘に納める。鞘に納めた剣を、見たことのある白いポーチに収めた。このポーチ、昔ホーネットが使っていたものと似ている。

 装備は変えず、ユノは使い慣れた剣を腰に下げる。癖のようなもので、親指で剣を数センチ抜いて、その輝きを確認しているようだった。

「まだ、抜かない。この剣は、抜く時がある気がする」

 自分でもうまく言えない感情に、困っている様子だった。ハイエンドを求め続ける物欲はあるだろうに、それを上回る自制心を持つのは珍しいと思った。

「もう少しではじまる。駅前のゲートに行こうか」

「よくテレビに映るところだね。あっ、もしかして、私も映る?」

「カメラを付けたドローンが飛び回ってるから、映ってしまうね」

「いやーっ、はずかしいかも。はあ、仕方ないか。知り合いが見ないようにっ」

 ユノは空に向けて、そう祈っていた。

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