第22話 おじさんとユノと雷帝
僕たちを乗せたタクシーが、住宅地で停車した。カードで支払いを済ますと、扉が開く。
「肩、かしなよ」
「うん。ごめんね、付き合わせちゃって」
ホーネットが着替えを手伝い、高校の制服姿になったユノ。レベルが上がり過ぎた一件でのレベル酔いがひどく、まだひとりで歩けないため、自宅まで送っている。
ユノの母親に、ユノが危ない目にあったってことを、伝えておかないといけない。
ユノがインターホンを鳴らす。インターホンからの音声より先に、足音がした。
「結乃、おかえりーっ。あら?」
「ただいまー」
出迎えに来た、ユノのお母さん。若い。ユノの姉と言っても通じそう。長い髪を巻いて、シュシュでまとめている、優しそうなひとだった。
ユノ母は、僕と目が合う。娘と、知らないおじさんが、娘と肩を組んで帰宅している状況を、不思議がっていた。
「こんばんは」
頭を下げて、たどたどしく挨拶する。同じパーティーを組んだ仲間の家族に会うのは、はじめてだった。
「もしかして、ハヤトさんかしら」
背筋に力が入る。おじさんではない。元々冒険者として名乗っていた本名が出てきた。
「どこかで、お会いしましたかね」
「お会いするのは、はじめてですわ。どうぞ」
家の中へ招かれ、ユノと一緒に入る。家に入ったとき、玄関の鏡には、まぬけな顔を浮かべた僕が映っていた。ウィザードに借りたシャツとズボンが、どこか他人のように見えた。
玄関を入ってとなりの、リビングへと入り、ユノをソファーへと座らせた。背中と腰に手を当てて、ゆっくりと座らせる。どこか、体が痛むのか、時折顔をしかめていた。
「うっ、ありがとね、おじさん」
「明日には治るって、ウィザードが言ってたよ。それまで少し、頑張って」
「はーい。次、いつダンジョンいく?」
「レイド前にもう一回、行けるかな。体調見て、行けそうなら3日後に。その後はレイドだね」
「レイドかーっ」
ユノが口を開けながら、上を向く。まだ経験したことのないレイドに、わくわくしているようだ。
そんなユノの頭を、ユノのお母さんがはたく。
「あたっ」
「また、ムチャしたんでしょう。目を離すといっつも。きっと、しょうがないところではあるのよね。おかえり、結乃」
「あはっ。ただいま、お母さん。ちょっと死にかけちゃった」
ユノがそう言うと、母親は呆れたように顔をしかめる。
「今回は運が悪く、僕が選択を誤り、ユノさんを危険な目に合わせてしまいました」
頭を下げる。一歩間違えていれば、ユノと僕の命は無かった。いま、命があるのは運がよかった。
「いいんです。結乃が冒険者やるって言い始めたとき、危険な目に合う可能性については、話し合いました。この子の父親も、冒険者なんです。主人が、ダンジョンで命を落としたときの話も伝えてあります。結乃を守ってくれて、ありがとうございます。ハヤトさんのお人柄は、聞き及んでいます。私としても、安心して預けられますわ」
年のころは、僕と同じか僕より若いぐらい。記憶にない女性から、信頼を寄せられる。そんな覚えはなかった。
「柚ノ
「そう、か」
きょとんとしたユノ。その頭に、僕は手をのせた。
「んっ」
ユノは目を細める。
父親が、天城。僕の知っている天城は、ひとりしかいない。
「おじさん、だいじょうぶ?」
「どうして?」
聞いてくるユノに、そう返した。
「泣いてるよ」
言われて、ほほを触ると泣いているのに気が付いた。静かに涙がこぼれている。
ユノを通じて、雷帝を見てしまった。雷のような鋭い剣線も、雷帝の系譜が持つ才能か。
そっと、僕の顔に指がふれていた。ユノが僕の涙を、ぬぐう。優し気に、目を細めて笑ってくる。
僕はユノの前で、膝をついた。
「僕はね、ユノのお父さんに命を助けられたことがあるんだ。元々同じチームだった。彼は前衛で僕は後衛。ダンジョンができてから、すぐに出会って10年ぐらいチームを組んでいたんだ」
ユノは真剣に話を聞いてくれている。
「それでね、ユノのお父さんが亡くなったとき、本当は死ぬの、僕だったんだ」
僕は自分の耳飾りを触って見せる。使い古されたボロボロの脱出装置。これは、雷帝のものだった。
「ダンジョンで、獅子の頭をした悪魔と出会った。知性があって言葉を理解できた。耳飾りが生命線だって気づかれたよ。パーティーのふたり戦闘不能になったあと、僕の飛翔の耳飾り《フェザーベール》が壊された」
言葉を選ぶ。雷帝の最後は、僕のせいだ。
「そこを死地に選んだんだ。でも、雷帝がそれを許してくれなかった。『死ぬ順番は間違えるな』って怒られながら、一緒に戦ってたのに、僕はやられて気を失ったんだ。気づいたら彼の飛翔の耳飾り《フェザーベール》で脱出させられたって聞かされた」
次の言葉を言おうとした。「ごめん、ユノ。君のお父さんは、僕のせいで死んだんだ」そう、伝えようとした。
「お父さん、嫌いだった。いつも帰ってこないし、お母さんをひとりにして困らせるもん。亡くなった理由が、ほかの人たちをかばったからって聞いたときもね、お母さんは、誰かの大事なひとを守って亡くなったお父さんは偉いって言ってたけど、私はわからなかったよ。だって、私もお母さんも、あんなに悲しんだのに。なんで、私たちのために生きてくれなかったのって、ずっと思ってた」
ユノは、俯きながら、目を開いて言う。
「でも、今日、ちょっとわかったよ。お父さんが助けたおじさんが、命懸けで私を助けてくれたんだもん。お父さんは、おじさんのことを信じてたんだね。今日のおじさんの姿を見てたらね、お父さんのこと、もう嫌いって言えないよ。お父さん、すごいことしたんだって、胸を張って言える」
ユノの頬が、朱に染まる。僕と同じように、ヒゲを触るようなしぐさをしながら、ユノが言った。
「おじさんに会えてよかったよ。ダンジョンに行って良かった。お父さんのこと、知れてよかった。ありがとう、おじさん」
「ああっ」
僕は、救われた。抱え込んでいた、もやもやとした黒いものが、吹き飛んでいくようだった。
僕は生きていてよかったのか?
その答えを求めて、自暴自棄に悪魔を探していたかもしれない。目的のためじゃない、復讐を手段としていた。中途半端に強くなって、簡単にはダンジョンで死ねない僕が、ダンジョンで悪魔に命を摘まれることを求めていた。心の奥底で生への執着を失い、死にたがっていた。
新たな感情が、胸の内で燃え上がる。
ユノを守ろう。
この子の先を見届けることが、僕がすべきことかもしれない。
そう思えるほど、この出会いが大切なものだと、気が付いた。
「あはっ。なんだか、ちょい恥ずかしいね」
ユノが下を向きながら、そう言う。
なんだか、言葉をうまく言えなくて、沈黙が続く。ユノがばっと顔を上げて、母親のほうを向いていた。
「ねえ、お母さん。レイド、いってもいいでしょ?」
「止めないわ。お母さんも、自分のやりたいことやって生きてきたもの。16で結婚したり、ね。ダンジョン行こうが、誰と付き合おうが、私は止めないわよ。ただし、約束。後悔はしないことね」
ユノの肩に手を当てて、諭すように伝えていた母親は、僕の隣へと立つ。
「ハヤトさん。結乃をよろしくお願いします。私的なことを言うと、ハヤトさんが息子になっても、結乃のパパになっても、よろしくてよ」
固まる僕に、ユノが動いた。猫のように全身の毛を逆立たせ、立ち上がってくる。力強く、僕の腕をひっぱる。倒れ込むようにソファーに転がり、ユノに腕を抱きしめられ、肩を寄せ合いながら座らされる。
「お母さんっ!」
慌てながらユノがそういう。
「あらあら、慌てちゃって。かわいいんだから。冗談じゃないの、ねえ?」
そう言いながら、誘うような目でこちらを見てくる。ユノの母親、したたかな性格なよう。目線を切ることぐらいしか、僕はできなかった。
しばらくユノの家へお邪魔した。夕飯をご馳走になり、ユノのお母さんと少し話しながら過ごす。そんな、あたたかい日常的な時間は、僕の人生で久しぶりだった。
食事も取れて、少しずつ体を動かしながら、ユノは自分で立ち上がれるようになった。それを見ると安心し、僕はお暇しようとして、引き止められるも逃げるように帰ってしまった。
暗い夜も、悪くないかなと思えるようになっていた。
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