第21話 おじさんと仲間たち
目が覚める。倦怠感が強い。それでも、体は動いた。大きくケガをした後の独特な、時間が飛んだような感覚がする。自分の身になにがあったのか。どうしてここにいるのか。すこしだけ思考がパニックになりそうになりながら、僕に寄り添ってくれているホーネットを見つけた。それで察した僕は、ホーネットに声をかける。
「毎度、思うんだ。ベッドの上で見る君は可愛らしい」
拳が飛んでくる。右の頬にあたり、首が後ろに飛んだ。
「いててっ。あー、生きてる」
「バカなこと言ってねーで、さっさと起きろ。金取るぞ」
僕を殴って来た可愛らしい女の子はそういう。女の子というと、もう立派な大人の女性だから、語弊があるかもしれない。それでも、ホーネットは、可愛らしい女の子だと思う。
回復魔法が苦手で、接触型の
ベッドに腰かけ、自分の身体を触りたしかめる。見える範囲には、大きな傷跡や目立つ傷はなかった。運動も感覚も、問題はなさそうだった。
裸の背中を、ホーネットの冷たい指先がふれてくる。
「わかるか?」
「わかるよ。また、助けられた」
「そう思うなら死にかけるな、バカ」
背中に寄りかかるように、ホーネットが倒れてくる。肌着ひとつも付けていない彼女の、きめ細やかな肌が、僕に吸い付くように触れてきた。
体は、問題ない。僕はまだ戦える。
気怠く重い頭を振り切って、握った拳を開いた。
先ほどの悪魔との戦闘を思い返す。
届かない。絶望的な実力差を感じた。正体不明の悪魔にすら、一矢報うことはできなかった。雷帝の仇になる、エンタープライズを壊滅させた悪魔には、敵うはずもない。
「あまり、気負うなよ。なあ」
どこか体に力が入ったのかもしれない。悲しそうに、ホーネットが言ってくる。
「いやだね、わかってたはずなのに。気ばかりが急いて、強くなったと勘違いする。エンプラの頃、周りの輝かしい才能たちを見て、こうはなれないって折れたのに。自分がしてきた事を認めるために、自分は強くなったって思ったのかな」
強い力で顔の向きが変わる。僕の顔が、両手で押さえられ、視線が泳ぐ。ブレた視界が、ホーネットの顔で止まった。強い瞳の力が、僕を見つめる。
「アタシを見ろ、
ほほをビンタされる。心地よい痛み。なぜか、自然に顔が緩んだ。
「悪いね、ホーネット」
「仕方のねーやつ」
ギルドの医務室のベッドの上で、僕らはお互いに寄り添いあっていた。
「先輩っ、ユノちゃんがッ」
足音がして、カーテンが開く。眉を下げたウィザードが冒険者カードを持って駆け込んできた。僕の声が聞こえて、なにかを知らせに来た様子だった。
「ボウヤ、いい度胸になったな」
素早くシーツを手にしたホーネットが、体を隠しながら、そう言う。
「すっ、すみません」
僕は立ち上がり、コートを羽織った。ズボンはボロボロで血が固まっているし、コートも同じような有様だった。それでも、自分のケガよりも優先するべき言葉が聞こえてきた。
「ウィザード、ユノがどうしたって?」
ウィザードの背中を押して駆け出した。体は本調子じゃないまでも、走るのは問題無さそうだった。後ろでホーネットが激しい動きをするなと叱咤してくるが、知ったことか。
「はい、ユノちゃんなんですが、僕も、どうしていいかわからなくて」
救護室に並ぶベッドのうち、ひとつの前につく。カーテンを開けた。
「ユノっ」
「んぐっ、ぐーっ、おじさんっ」
一気に気が抜けた。
ユノが目覚めてないんじゃないか。そんなことを脳裏によぎっていた。現実のユノは、サンドイッチやバナナ、スナックに甘い炭酸飲料をドカ食いしている。
バナナを食べていたユノが、恥ずかしそうにテーブルの上に置いた。
僕は振り返ってウィザードを見る。申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。
「いえ、違うんです。ユノちゃんは、もう元気です。レベル酔いの後って、お腹がすくんですよ。体が急激に作り変えられて、エネルギーを消費するみたいで」
ウィザードが続けて言う。ユノの冒険者カードを僕に手渡してきた。
「見てください。これを」
ウィザードの慌てぶりに、首をかしげながらも、ユノの冒険者カードに目を通す。
名前 【ユノ】
クラス【勇者】
レベル【53】
体力 【80+15】
筋力 【85+15】
技力 【90+35】
素早さ【99+15】
知力 【78】
精神 【80】
運 【99】
スキル【11】
なんだ、これ。敵が強すぎて、経験値が過度に流れ込んだか。100体は倒したからなあ。で、なにさ。このステータスに、クラス。それに、勇者って。
レベル99の僕のステータスより高い。しかも、はじめて見るクラスだ。だけど、後にしよう。僕らが驚きすぎて、変な不安を与えたくも無かった。いまは、それよりも、だ。
「ユノ、すまない。危ない目に巻き込んだ」
ベッドの横に片膝をついて、ユノに謝る。
ユノは首を振った。
「おじさん、謝らないで。おじさん、ちょーカッコよかったよ。ふたりとも、生きてるじゃん。守ってくれて、ありがと」
「守られたのは、僕のほうだよ」
「ほんとう死ぬかと思ったよ。レベル上がり続けて苦しいのに、おじさんはもっと危ない目にあってて。でも、よかった。戻って来れたね」
ユノの手を取る。小さく柔らかい手は、暖かい。
「つぎだよ。次は勝とう、いっしょにね。おじさんの力になりたいんだ」
悪魔に挑む姿を見て、見透かされてしまったのだろうか。ユノは、僕の歪んだ思いを、知ったのだろうか。
「また、危ない目にあうかもしれないよ」
「いいよ。どんな目にあっても、おじさんとなら切り抜けられるもん」
ユノの蒼い瞳が眩しい。ユノは、はっきりと言った。
「誰かが、あの悪魔を倒さないといけないでしょ。なら、その誰かは、おじさんと私が良い。ウィザードさんがびっくりするぐらい、強くなったみたいだし」
「悪いね。おじさん、弱いから、いっしょに戦ってくれる?」
僕は、ユノに寄りかかるように、そう言った。
「もちろんだよー」
快諾する。嬉しそうに笑いながら、僕と命をかけてくれる。
ユノが手をあげる。レベルアップの度にやっていたハイタッチの合図だった。
僕はユノの手に、手を合わせた。
「あはっ。おじさん、私、もっと頑張るよ」
「おじさん、ユノみたく若くないから、もうちょっとゆっくりでお願い」
この速度でがんばられると、僕がついていけなくなる。
後ろではウィザードとホーネットが、笑いながらその光景を見ていた。
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