第20話 おじさんとユノと悪魔と

 痛みに耐えるのは、慣れている。

 次の痛みが最後だと思うと、痛みすら愛おしい。

 自分の最後の瞬間を見届けるぐらいの度胸は、あったはずだった。しかし、他人の最後を見送る度胸がなかった。

 僕は目を開かない。生の光を受け入れられない。暗闇の死を待つ。

 死は必然で、生は偶然。

 生まれたときに決められる、たったひとつの終わり。

 人の身では、避けられない絶対のルール。

 世界が決めた理は、破れない。

 きっと、魂の灯を回収できるのは、悪魔だけだろう。

 すると、僕に命を与え続けられるのは、神様だけだろう。

 最後の最後まで、醜く生にしがみつく。その心が切に願うのは、たったひとつ。

 魔法という死の光が、まぶた越しに近づくのがわかった。

 ああ、僕は、死ぬのか。死ぬのは、いやだな。

 神よ。奇跡よ。

 風が吹いた。

 神風を思わせる、すさまじい突風。

 目をあけ、すぐさま振り向く。

 涙があふれた。

 小さな背中が、僕を守っている。

 右手を水平に伸ばし、左手で目の前をかばっている。

 華奢な少女に、強力な魔法が直撃する。爆風が吹き荒れる。少女は一歩も動かず、ただ、その場に立っていた。

 ユノは上級モンスターが撃つ、魔法の一撃を耐える。

 魔法を意にも介さない。魔法を食らいながら、剣を抜刀していた。

「いけえっ」

 爆風の黒い煙を、ユノの剣が切り裂いた。

 僕の目には、空間が斬られたように見えたんだ。

 斬撃が飛ぶ。飛んだ斬撃は扇状に広がり、敵をすべて捉えていた。振られた剣は、僕の目をして見えない。

「おじさんは、わたしがっ、守るんだ」

 剣を構えたユノが、悪魔に立ち向かい、そう叫ぶ。

 次の瞬間、悪魔に肉薄したユノは、刃を悪魔に届かせた。

 動作の起こりも、移動方法もわからない。ただただ、速い。

 剣を振りぬき、悪魔がさがる。

 ユノが、悪魔と対峙している。

 ユノは、悪魔を逃がさない。確かめるように何度も悪魔に攻撃を入れる。

 攻撃は、悪魔に届かない。剣が悪魔に届こうとした途端、止まるように防がれる。

 それでも、悪魔を圧倒している。僕が苦戦し、ついに一度も攻撃の当てられなかった悪魔に、ユノが一方的な攻撃をしかけている。

 ユノ自身の速さと、手数の多さに、フードを深くかぶる悪魔は、後退を繰り返している。

 ユノが怖いのは、ここからだ。力任せ、速さ任せの攻撃から、しっかりと修正していく。側面に回り込み、大きく振りかぶる。悪魔が防御行動をとった。腕を頭の横へ振り上げた。ユノは、大振りの一撃をフェイトに使い、悪魔の腕を掴んだ。悪魔はもう片方の腕で、ユノの腕を振り払おうとする。ユノは剣から手を離し、その腕をも掴んだ。

「ふーん、そういうこと」

 バチバチと音が鳴る。ユノの手が、悪魔に触れ、弾かれている。それを無理やり力で押さえつけ、赤い光が走っていた。悪魔の身体ちかくには、強力な魔法のバリアが貼られているようだった。攻撃が当たったように見えて、一切効いていないのは、その障壁の力か。

 悪魔のバリアとユノの両手が衝突する箇所が、光る。赤くバチバチと音立て、輝きを強める。その状況を、悪魔は嫌がり、ユノは喜んだ。

「絶対、離してやらない。一発。一発で良い。殴ってやるんだからっ」

 反発する力に耐え切れず、爆発するように輝いた。悪魔とユノの互いが吹き飛んだ。悪魔が地面を転がる。ユノは後方に飛び、空中で姿勢を入れ替え、足から着地する。足底で地面をすべり、速度を殺すと、足を溜めて、跳躍した。

 ユノは、低空を駆けるツバメのように、風を切り裂く。

 悪魔は地面を横に転がり、立ち上がる。膝を立てながらユノと向かい合い、防御行動を起こすところだった。

 いきなり強くなったユノは、レベルの高い戦いを繰り広げている。しかし、指を咥えてみているだけの僕じゃない。

 なによりも、パーティーの相方が、強敵をあれだけ追い詰めている姿を見て、黙っていられない。

 ユノの背中に、勇気を貰った。

 挑む姿に、心奮い立たされた。

 絶対に、生きて帰る。

 そのためなら、すべてを出し切る。体のどこにも力はなくても、もっと深い部分に使っていない力があるはずだ。

 次のユノは、一撃に何かを狙う。それを、サポートしてみせる。

「刹那の欺瞞クロノスタシス

 奥の手、1秒の時間停止。

 日常での1秒は、ありふれた時間。命を懸ける戦闘の場では、命よりも重くなる1秒がある。

 悪魔はユノの攻撃を見て腕を上げて防ごうとする。腕は、上がらなかった。

「おじさん、最高だよっ」

 はじめて、悪魔に攻撃が綺麗にあたる。

 体に纏うバリアに弾かれることなく、悪魔はユノの蹴りに吹き飛んだ。

「ひみつの抜けジャンプ・ポータル

 喜んではいられない。即座に逃げ道を確保する。

 僕も、ユノも限界だ。この千載一遇のチャンスを逃せない。

「ユノーーーッ」

 脱出用のゲートに片足を突っ込み、ユノに手を伸ばす。

「おじさんッ」

 わき目も振らず、ユノは僕に突っ込んでくる。

 ユノは、安堵からか、笑顔を浮かべていた。

 僕とユノは、抱き合う。その形のまま、ゲートへと倒れ込んだ。

 浮遊感のあと、落下の衝撃がくる。

 地面を転がる。何度か転がると、体が止まる。

 腕の中にユノがいて、僕が下敷きになっている。そんな恰好。前も、こんなことあった気がする。それがいつだったか、思い出せる余裕は、互いになかった。

 呼吸をするだけで死にそうになるぐらい、体が痛む。呼吸をしないと死ぬから、呼吸はやめられない。力なくユノを離した。

 まぶたの重い眼で、ユノを横目に捉える。

 うつ伏せになり、荒い呼吸は続いている。腕に力を入れて立とうとするも、力が入らず、体が起きないようだ。

 体力が無くなり、体を動かそうとするだけで口から悲鳴が出そうになる状態だ。ユノに心配をかけまいとする見栄だけで、僕は動いた。

 魔力切れ独特のめまい感と、集中力の無さ、それに倦怠感を感じる。身も心もボロボロだった。

 どうにか膝で立ち、だれかを呼びに行こうとした。

「立つんじゃねえ。よく戻った。よくやった。任せろ、隠者ハーミット

 そんな声がして、膝から力が抜けた。力の抜けた体は、小さな体に寄りかかる。メイド服を着たピンク色の髪の少女に、体を預けた。

「ホーネット?」

「あとで聞く。ボウヤ、そっちの女の子頼むぜ。隠者ハーミット、死にかけてる。血が流れ過ぎだ。アタシが連れてく。文句はねーな」

「先輩を、お願いします」

 ウィザードの声がした。

 僕の、昔の仲間。いまの友。ここにいるのは、偶然か?

 とにかく、助かった。そう安堵した途端、目の前が暗くなった。

 生きている。そう思うと、熱い涙が顔を伝い落ちるのがわかった。


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