第18話 おじさんと修羅

 先手を渡すほど、悠長に構えていなかった。

 第一に生き残り優先。第二に、悪魔をぶん殴ること優先。そのふたつの目的の順番を間違えてはならない。いざとなったときの逃走手段も持っている。

 『ひみつの抜けジャンプ・ポータル』という、ここと別の空間をつなぐ魔法で、無理やり空間に穴を空けて抜け出す。詠唱に必要な、集中する時間が生まれそうなら、すぐに逃げる予定だった。しかし、目の前の悪魔はそれを許さない。

 かつて悪魔と遭遇したとき、わずかの油断で痛手を負い、取り返しがつかなくなった。悪魔を目の前にして、緊張の糸をゆるめるつもりは、毛ほどもない。

「天地返し《アラウンド・ザ・ワールド》」

 上げた右腕を引き下げ、唱える。

 重さは目に見える形でモンスターの大群へと襲い掛かる。威力を抑えるつもりはない。全力で撃つ。広範囲をとんでもない質量で上から圧し潰す魔法は、目の前の上級モンスターたちですら、頭を上げることは許さない。

 比較的やわらかい狼の魔物がつぶれ、獣型悪魔レッサーデーモンも半分に数を減らした。それでもまだ、10体は残っている。骸骨の魔法使い《レイス》に限っては、魔法に対する抵抗が高く、数を減らせるまではできなかった。

 速度の速い狼と、重歩兵のようなレッサーデーモン、魔法に強いレイス、それぞれの異なる特性を持つ強敵たちに歯をくいしばる。

 拳を握り、魔法を唱える。

潜伏インヴィシブル強襲転移アサルト

 死霊であるレイスは、魔法から逃れ空中を移動している。似たモンスターに、上空から魔法を撃たれた経験があるので、先に倒す。転移魔法を使った。いわゆる瞬間移動で、レイスの背後に移動し、強化された拳を叩きつけた。

 強襲めいた一撃は、レイスを捉え、消し去った。一度では止まらない。同じ殺し方で残るレイス4体を瞬きするほどの間で倒した。

神出鬼没ジャンプ・ドライブ

 レイスがいなくなれば3秒ぐらい、余裕ができる。レッサーデーモンはレイスがやられたことを確認するのに、それぐらい時間を要するはずだ。その間に、王手をかける。この場の王に、余計な事をさせないために牽制をかけた。

 敵の眼前に現れて、左手から素早いパンチを見舞う。息つく間もなく3発の拳を叩きこんだ。

 『潜伏インヴィシブル』で短い時間だけ、僕の姿は目視できないはずだった。

 ローブを被った人型の悪魔は、上体を逸らし、拳をかわす。遊ぶように、体を回しながら距離を取り、じっと僕を見つめていた。

 見えている上に、いまのを躱されるか。

 僕は一度引く。「神出鬼没ジャンプ・ドライブ」で下級悪魔たちの近くへ戻る。

「呼びコーリング

 僕のとなりにユノが現れる。僕が呼び寄せた。

 左手でユノの体に触れながら、距離を測り、下級悪魔に襲い掛かる。

 右足での前蹴りで、悪魔を蹴り飛ばす。これで、一体倒した。先ほど魔法を当てて多少弱っているので、一撃で倒せる範囲まで削れていた。

 そうとわかると、残り9体を相手取る。ユノの手を引き、探知魔法で敵との距離を測りながら、最速最短で近くのモンスターへと距離を詰め、襲ってくる敵は迎撃する。

 下級悪魔は残り3体に数を減らした。

 ユノの肩を引きながら、じりじりと後ろに下がる。ヤギの頭をした悪魔は、唾を飛ばし、鳴き叫びながら、僕たちへと向かってくる。2メートルを超えた大きな体の悪魔たち、見た目以上の素早さと力強さを、正面から相手取るのは得策ではなかった。

「林檎は木から落ちる《ニュートン》」

 3体まとめて倒せる範囲に近づいたので、叩き潰す。

 だめだよ、集まっちゃ。

 潜伏の魔法も解け、僕の姿がユノにも目視できるようになった。

「よく耐えたね」

 そう、ユノの頭を軽く撫でて、僕はユノの前に立つ。

 レベル99。隠者ハーミットの称号を持つ魔法使い。

「まだ、やるかい?」

 名も知られぬ一介の冒険者は、ダンジョンの災害に対して挑発した。

 悪魔は、あざける。

 一波超えて、僕は焦っていたのかもしれない。

 遠くで、悪魔はユノを指さしたようだった。

「おじさんっ。ごめん、ごめんっ、なさいっ」

 ふらつくユノは、地面に倒れ、苦し気に大きな呼吸をした。

 僕は慌てて、ユノを抱きかかえるように起こす。

 どうした。

 いったい、なにが。

「熱いの。あつくて、体が言うこと、きかなくて」

 しまった。

 僕のせいだ。僕がモンスターを倒したせいだ。

 自責の念で推し潰れそうになる。

 僕には特殊なスキルが、ふたつある。前人未踏のレベル99に至ったのも、スキルのおかげだった。

 スキル:経験値倍化

 最初は、自身がモンスターを倒すと経験値2倍、パーティーメンバーは経験値10%アップぐらいのスキルだった。今では、自身がモンスターを倒すと経験値50倍、パーティーを組んだ人には経験値2倍という破格のスキルになっている。

 そして厄介なスキルがもうひとつ。

 スキル:経験値譲渡

 文字通り、誰かに経験値をあげられるスキル。こいつらが揃うと悪さをする。レベルがカンストし、経験値がこれ以上ため込めない状態になると、僕が倒したモンスターの経験値をパーティーメンバーに勝手に譲渡する。

 ユノの前でモンスターを倒さないように、あれだけ気を付けていたのに。

 モンスターを正しく鑑定はできないが、レベルでいうと60~70ほどのモンスターを倒しつくした。そのせいで、ユノに経験値が行き過ぎた。そう考えると、ユノが倒れたのにも納得がいく。

 レベル酔いだ。

 急激にレベルが上がり、強くなってしまうと体がついていかなくなる。

 レベルが上がったときに、体が造り替えられる。より強く、戦いに適応するよう。その変化が急すぎて、体が悲鳴をあげる。ウィザードがパワーレベリングをしたとき、頻繁に倒れて担がれていた。そのときよりも、今回はレベルが上がりすぎている。

「すまない、ユノ。僕のミスだ」

「ううん、ごめんね。おじさん」

 息を荒げ、辛そうなユノは言った。

「私に構わないで。ぶっつぶせ」

 この状況においても、気は弱くならない。僕を思い、一生懸命な笑顔をつくり、優し気に言う。そう言った後、ユノは眠るように、全身から力が抜けていた。

 無理に逃げようとしても、悪魔が僕らを見つめる限り、逃げられはしなかった。

 考えろ。そう自分に言い聞かせる。

 悪魔は、それすらも許してくれない。

 手をあげて、肩を揺らして笑うように、手を振り下ろす。

 闇が満ちる。

 モンスターが、大群となって現れた。

 先ほどと変わらぬ軍勢を前に、変わってしまった戦局に、絶望すら覚えそうになる。

 踏み留まろう。

 いつもより、数倍手ごわいだけだ。いつも通り、切り抜けるだけだ。

 いつもと違うのは、僕はひとりじゃないことだけ。

 僕が倒れると、ふたり死ぬ。

 ユノ。僕を慕い、ダンジョンを楽しいと言う女子高生。

 可愛らしく、見ているだけで、元気をくれるような活発な女の子。それでいて、小悪魔めいた表情も浮かべる。さらに、光る才能を持っている。間違いなく、ユノは強くなる。日々冴えていく剣、敵に囲まれたときの状況判断能力、なによりも、自分の力を正しく把握している。力を正しく使える、心情もある。

 才能があって、ちゃんと努力して、それでいて反省もできている。

 ああ、死のうか、僕。

 こんな、かわいい子を、親より先に先立たせるわけにはいかない。

 ユノの成長を見続けられないことは、僕の最も大きな悲しみだ。それだけ期待して、支えていこうと思っていたのかもしれない。

 後悔はある。やりたいことも、やらねばいけないこともあった。

 それよりも、ユノを優先したい。

 この感情をなんと言えばいいかは、知らない。ただ、はっきり言えることがある。

「おじさん、ユノのためなら死ねる」

 この世の地獄は、ここにある。

 悪魔と異形の大群に、ひとりの修羅が挑んだ。

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