第15話 おじさんとレベル上げ
上野ダンジョン8Fには、有名な金策・レベル上げスポットがある。
それが、「クロウラーの巣」ムシムシダンジョンと言われる上野の、モンスターの沸きが最も良い狩場だ。モンスターを倒したら、すぐに別の場所にモンスターが現れる。良質なシルクになる絹糸や、装備がドロップする。ダンジョンの通常フロアに出てくる個体よりも、すこし強く、ドロップも良い。駆け出しの冒険者にとっては、理想的な狩場だった。
8Fのフロア端に、目立つ、大きな石造りの堅牢な扉がある。扉の中央には、鍵穴があり、簡単には通らせてくれない。
ポケットから鍵を取り出す。ユノに投げ渡した。
「よしっ、開けるね」
鍵を見つめて、扉と向かい合うユノ。鍵が、扉の鍵穴へと差し込まれた。
大きく分厚い石の扉が、自然に開く。
扉は、僕たちを歓迎するように、内向きに開いた。
「わあーっ、ここ、ダンジョンなの?」
青い空が広がっている。ダンジョンという、迷宮内にある青空。澄み渡った空に悠々と雲が流れる。足元も、石造りから、やわらかい草が生い茂る草原に変わった。
草原には、一本の大きな木が生えている。幹が太く、枝分かれしている枝の一本からさえ力強さを感じる木だ。歴史と壮大さが、印象的な大木だった。緑の葉が生い茂り、風に揺れる。
「ダンジョンだよ。こんな、のどかな光景は、ダンジョンの外でも珍しいよね」
すっかり浮かれてピクニック気分。ここがダンジョンだと、忘れてしまっていそうなユノだった。
この後、起こることに予想のついていた僕は、伸びつつある髭を指で触りながら、どうしたものかと困っていた。
ほら、きた。
大量の黒い煙。スモッグのように、あふれ出る。
それらは一つずつ、形を作る。
緑生い茂る、自然豊かな草原は、すぐにモンスターに侵略された。
辺り一面が真っ白。芋虫たちが、大行進。この草原は我らのものであると信じて疑わない。
クロウラーが二体、即座に斬り伏せられ、黒い光となって霧散する。
「信じらんないっ」
抜刀しながらの、抜き打ち。抜いた剣を、右肩にかつぎ、振り下ろす。
ユノの表情とは異なり、剣技は冴えわたっている。
振り下ろした剣を下段に構え、左右に振り、また2体のクロウラーを斬り飛ばした。
「草原、思いっきり走りたかったのにッ」
草原に現れた障害物を排除する。そんな怒りを込めて、ユノはクロウラーに剣を向ける。
怒りを刃にのせても、剣がぶれることはない。
綺麗な円を描き、正確に剣が振るわれていた。
「よっと、ごめんよ」
クロウラーを避けながら、草原の中央の木を目指す。大股歩きで、クロウラーの間の地面を通り抜けながら、大きな樹へとたどり着く。木の根元で幹に背中を預けながら、座った。
ユノが戦闘にのめり込む様子を見ると、ひとりでも大丈夫そうだ。次第に慣れて、自由に狩り出す。
サポートも、ドロップを拾うぐらいで良い。それに、僕がいるだけで、サポートになる面もある。
ポケットから、
「
ペンダントが輝き、白い光が生まれ、形をつくる。
白い光でつくられる、味方モンスター。クルミのような色をした、大きな鳥を、僕が召喚した。
「ドロップアイテム、僕の近くに集めておいて」
「ポーッ」
わかったと言うように、ひとつ鳴くと、羽ばたき空へ向かった。すぐに地面に降下して、また戻ってくる。僕の小間使いは、しっかりと絹糸の束を運んできた。ひとつ、ふたつ、すぐに持ってくる。
「おじさん、すごいね。そんなの持ってるんだ」
ユノが、芋虫を踏み倒して道を開け、声をかけてくる。10体以上、モンスターを倒したのに、息もあがっていない姿を見せていた。
「珍しいでしょ。こういう所で、長時間モンスターと戦うときには、こういった召喚獣が重宝されるんだ。ユノも、そのうち手に入るよ。一緒に戦うモンスターだったり、こういう、狩りを手伝ってくれるモンスターだったりね」
僕の肩に止まる、鳥のモンスター。胸を人差し指でなでると、くすぐったそうに「グヘ、グヘエ」と鳴く。この鳴き声が可愛くないと言って、僕に押し付けられた。
「う、うん。なんか鳴き声、ユニークだね。いいなあ。私も、はやく欲しい」
ユノが女の子らしく、しゃがみながら、鳥を撫でる。こしょこしょと、首をくすぐると、サイクルポッポは気持ちよさそうに「グヘグヘ」声を出す。
「うん、ちょっと可愛いかも」
エンプラの女性メンバーから、相手にされなかったこの子が可愛そうだった。ユノが可愛いと言ってくれたおかげで、サイクルポッポも嬉しそう。
ユノの肩の上に、鳥が飛びうつる。
「わっ。ふふ、よろしくね」
鳥にそう言うと、ユノは立ち上がる。鳥は羽ばたき、ユノは駆けた。
クロウラーが、弾け飛んだ。
その快進撃をみて、僕は目を閉じた。
「ふぁー。ユノ、がんばって」
「はぁーい」
気持ちいい空模様、晴れやかな声を聴いて、僕は寝た。
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