第14話 おじさんのダンジョンアタック
僕は、ダンジョンの最下層に潜っていた。
上野ダンジョンの最下層に、どうしても来る必要があった。モンスターレイドのとき、出てくる敵を見定めたい。レイドの際、モンスターは、波のように寄せてくる。ウェーブと呼ばれる単位で、10ウェーブ。モンスターの大群が、10回襲ってくる。序盤はお祭りだが、最後は必至。目に見えるすべてのモンスターを狩りつくさなければ、現実とダンジョンをつなぐ2つのゲートを壊され、現実世界にモンスターが出てきてしまう。
あらかじめ、敵の戦力は知っておきたかった。10ウェーブ目に、モンスターに紛れてボスモンスターが一体出てくる。最下層に出てくるモンスターの上位種か、10の倍数にあるボスフロアのボスモンスターか、どちらかがレイドのボスとして出てくるはず。
そう思って最下層に潜ると、敵は蟻だった。
厄介だと思う。
体の長さが、3メートルほどの巨大な蟻。アゴの下から粘液をまき散らす。体がデカいせいで、地面をたたく動作や、脚を払う動作の範囲が広く、一撃が重い。
頑強なアゴもあり、脚でつかみかかり、噛みつかれると致命打になる。
しかし、観察している限り、戦い方は、ありそうだった。
振動や音を感知しない、視覚も弱い。近づく分には問題ない。
アリには、攻撃のスイッチが入るタイミングがあった。
体に触れると、すぐに頭を向けてくる。頭の先に、ふたつ付いている触覚。それに、触れることで切り替わる。触れられるとアリのスイッチが入り、威嚇し、攻撃してくる。
「林檎は木から落ちる《ニュートン》」
強めに重力魔法を撃つ。頭から胴体の範囲を潰す。グシャリ。潰れて、消えて行った。
蟻のドロップは鋼材が多かった。金属の板が、地面に落ちている。それを拾って、収納した。
僕は、マジックバッグという、収納空間を保持している。すぐに出し入れできる上、見えないし、重さも感じない荷物入れと、常に同行している。そこに、重い金属製の板を入れられる。同じような効果の
敵の位置を探る。
三種類の探知魔法を同時に使用して、敵を見つける。熱、振動、空間、三つのセンサーに反応がある。
「固まってるねえ」
知覚できれば、目視する必要はなかった。
「林檎は木から落ちる《ニュートン》」
2ブロック先にいるモンスターたち。アリ同士すれ違うと、仲間であると確認し、体を触り合ったりスキンシップをする。そこを、上から圧し潰した。
ドロップ品の回収のため、モンスターを倒した地点へと歩く。
「僕も、運が悪い」
お目当てのドロップアイテムがやっと出て、ようやくほっとした。少しの疲労感を覚えたころだった。地面に落ちている鍵を拾う。
ドロップ率が極端に低く、ダンジョン内でのみ使えるアイテム「ポータル・キー」ダンジョンの、普段は入れない部屋への扉を開くアイテムだ。
一度使ったら消えてしまう鍵で、宝物庫を開けたり、狩場と言われるモンスターが異様に沸いてくる部屋の扉を開けたりできる。
8Fにある「クロウラーの巣」と呼ばれる、レベル上げスポット。そこも、鍵がないと開かない造りになっていた。
これのドロップのために、ダンジョンへ籠り続けていた。アリの生態系を観察する博士になった気分とも、おさらば。
のんきに、いま何時かなと時計を確認する。ギルドが、魔法を使える冒険者へ配る腕輪には、時計の機能がついていた。これのおかげで、ダンジョンの外で冒険者が魔法を使うと、ギルドへ通知がいくようになっている。
「あっ、マズッ。
耳の飾りを叩きながら、急いで唱えた。
ダンジョンの入口へ戻る。地に足が付くと、走った。センサーゲートを走って通る。ギルドの受付を超えて、待ち合わせのスペースへ。
夕方になると、ダンジョンへ潜る冒険者が増える。人の多い建物のなかを、速足で抜けた。
ギルドのロビーで、人を探す。ユノとの待ち合わせ時間を、すこし過ぎていた。
黒髪をポニーテールにしている女の子の後ろ姿を見つける。椅子に座っていて、耳に白いイヤホンをつけていた。待たせてしまって、申し訳ない気持ちがあふれる。
「ごめん、ごめん。遅れた」
ユノのもとへ駆けつけ、あやまる。
「んーん。いいよ、べつに」
猫のような目をぱちくりさせ、イヤホンを耳から外してポケットに入れながら、立ち上がる。
迷彩柄のズボンと黒いシャツ。ベルトに新しい剣を下げて、ユノは背伸びをする。
「んーっ。今日は、どこまで行くの? ボス?」
「その前に、レベル上げだね。8Fのクロウラーの巣っていう、狩場」
「狩場って、鍵がないと開けられないんじゃなかった? ダンジョンのなかで鍵のドロップがあったら、欲しい人がいるから拾っとけって聞いたよ。ほら、掲示板にも、鍵買います100kって」
ユノがギルドの掲示板の、誰かが書いた募集メッセージを指さしながら、言う。
僕はポケットから、鍵を出してユノに聞く。
「10万円と鍵、どっちがいい?」
僕がそう聞くと、ユノは無邪気に笑う。
「あははっ、カギッ。おじさん、それで遅れたんだ。ありがと」
「おじさん、たまには頑張っちゃうよお。おじさん、お金なくなったから、買い取りカウンターいってくるね」
先日、ビールを買ったら、所持金が無くなった。おかげで、金欠おじさん、怒りの乱獲。見かけたモンスターに八つ当たりしながら、ダンジョンを進んだ。ストレス発散してお金がもらえる。ダンジョンは、すばらしい。
「買い取り、お願いします」
カウンターで、そう言った。事務的に「品物を台に置いてください」と、言われる。
「大口の持ち込みって、別の場所あるかな」
カウンターの上に、僕の持ち込む鉄材を置くと、カウンターが壊れてしまう。弁償なんてしたくないので、僕は倉庫でもなんでもいいから、広い場所を求めた。
僕がリュックも何も持ってないので、不思議そうな顔をされる。自分の冒険者カードを、職員さんに渡した。
「し、失礼しました」
そう言われ、ギルドの奥の倉庫スペースに案内される。
このぐらいのスペースがあれば、大丈夫だろう。
パチン。
指を鳴らす。僕の空間魔法に収められていた収納物が、すべて吐き出される。
金属の板が積み重なり、山になっている。ときおり、金属の鎧や、武器なんかも拾っていた。
驚いたユノが、僕の顔をまじまじと見ながら言う。
「おじさん、どれだけダンジョンにいたの?」
「昨日の昼から、30時間ぐらい。鍵が、なかなか落ちなくてね」
気が緩んで、あくびが出る。大口をあけ、手を口にあてていた。ユノはそんな姿に呆れているようだった。
「また寄るんで、査定お願いします」
それだけ言って、ユノと倉庫を出る。査定しなければならない職員は、呆然と山を見上げていた。
「潜りますか」
「はーい」
楽しそうに歩くユノと、ダンジョンへ向かった。
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