第13話 おじさんと手作りのカレーライス

 コンビニを出ると、僕の手には缶ビールが握られていた。

 プルタブを引けば、ビールが飲める。その誘惑をふりきって、袋のなかへ、ビールを戻した。6缶のビールの重さに、うれしくなる。

 すこし歩いて、マンションのエントランスに入る。センサーゲートを通ると、自動で扉が開いた。自動でエレベーターが降りて来て、それに乗ると、自動で階が選択されている。登録された部屋の階へ、勝手に連れて行ってくれた。

 エレベーターを降りると、すぐに扉があり、天井についているカメラに顔を覗かれる。素直に見られるのは、はずかしいので、鼻の下を伸ばす。扉の上の赤いランプが緑色に変わり、扉が開いた。僕の変顔が、顔認証システムに負けた瞬間だった。

 連なる扉のうち、一番奥の扉へ。

 部屋の近くへ来ると、扉のハンドルが淡く光る。ボタンを押すと、扉が開き、力を入れずに扉が開いていく。

 明るい部屋の中へと入る。背後の扉のロックキーを押すと、電子錠が働いた。

「ただいま」

 僕は部屋の主に、そう声をかける。

「おかえりなさい。お風呂、沸かしておきました。入られませんか?」

「ありがとう。ビール、買って来たよ」

「食事のとき、出しますね」

 エプロン姿のまま、僕の手からひょいとビールを取り上げられる。「冷やしておきます」そう言って、手で浴室を指し、案内される。

 脱衣所で、服を置きながら、鏡を見る。髪は伸びてボサボサ、ヒゲもボサボサ。こんなのが女子高生と歩いていたら、あまりの釣り合いのなさに驚かれる。剃ったほうが、いいか? そう思っていると、浴槽近くの洗濯機の上に、バスタオルとタオル、使い捨ての髭剃りや歯ブラシなんかのアメニティグッズが、僕を待っていた。

 準備の良さに驚きながら、それらを手に取り、浴室へ入る。

 ぴかぴかのバスタブ、綺麗な浴室。色とりどりのボトルが並び、ハンドメイドが売りのバス用品メーカーのロゴが入ったソープや、綺麗な青色の、いかにも高そうなシャンプーたちが、誇らしげな顔をしている。

 ボタンを押して、熱いシャワーを浴びる。上から降る熱さの心地よさに、頭を下げた。

 花の香りがする入浴剤が入れられた、ピンク色のお湯へ体をつける。

 おかしくないか、この生活。あごひげを触りながら、首をかしげた。

 快適過ぎて、居心地が悪い。

 疲れてダンジョン内で寝たり、ギルドのロビーにあるテーブルで爆睡して、起きたらそのままダンジョンに潜ったり、泥酔して知らない場所で目覚めては、ギルドの更衣室に備え付けられているシャワールームで、覚醒するためのシャワーを浴びたりする生活に身を置いていたせいだ。

 僕の体が、快適さに違和感のブザーを鳴らす。これは、僕の生活じゃない。

 劣悪な環境に適応した僕の人間性は、快適な生活に拒絶反応を示していた。僕のような、ダメ人間は、簡単に更生しないのだ。

「着替え、ここに置いておきます。ごゆっくり。あがったら、ご飯にしましょう」

 シャンプーを泡立てていると、そんな声がかかる。

 こやつ、恐るべし。

 体の表面部分だけでなく、内側まで綺麗になっている実感がある。

 まるで、魔法のようだ。

「ウィザード、君は良い主夫になれる」

 非難するように、風呂の扉がコツコツと叩かれた。

 魔法使いの思惑通り、ヒゲを剃らされ、綺麗になる。

 風呂をあがると、用意されていた服に着替える。スウェットと無地のシャツ。濡れた頭の水気をバスタオルで吹き上げながら、リビングへ向かう。

 おいしそうな、匂いがする。

 スパイシーで、香り高い、この匂い。

 電気調理台上の鍋から、部屋中に香りを立てるカレー。

「好きなんだよね、カレー」

「一度つくると便利なんですよ、カレー」

 大きな鍋でカレーを作ると、何日でも食べていられる。

 テーブル上の大皿には、レタスとトマト、キュウリが並んでいて、光が当たり瑞々しく輝く。準備のいい男だ。

 ウィザードに皿をもらい、カレーを盛り付ける。

 テーブルに着き、ウィザードといっしょに手を合わせた。

「いただきます、なんだか悪いね」

「いいえ、まったく構いません。いただきます」

 スパイスの辛み、野菜とお米の甘味、牛肉のうま味、口の中で合わさり、美味しいが溢れる。

「うまいよ、これ。ウィザードは、なんでも出来るな」

 嬉しそうなウィザードは、銀色のスプーンを口に入れながら、口角を上げる。謙虚さのなかに自信を見せるのが、彼らしい。

「ユノちゃん、どうでしたか。落ち込んでいませんでした?」

「ぜーんぜん。モンスター見たら突っ走ってくよ。ケガした男の子も、いっしょにいた女の子も、同じ高校なんだって。今日も会って、みんな変わり無かったみたい」

 冷たいビールの缶を開ける。プシュッ。ビールを喉に流し込んだ。

「あの子、強いよ。次、8Fの巣にいく」

「もう、ですか?」

「ああ。レベルをコントロールしながら、10に上がったしね。クロウラーの巣って粘ると25レベルぐらいまで上げられたっけ。もう、上野の記憶があんまりないんだ」

「すぐに行くと思います。巣で20まで上げて、10階のボスへ行くのがセオリーです。高レベル者が、金策ついでに巣に籠って、初心者のレベル上げを行うのも珍しくありませんよ」

 上野のギルドで、慣れた冒険者と不慣れな冒険者の組み合わせを見た記憶があった。

「上野で10階まで行くと、東京の他ダンジョンに潜っても、痛い目を見ないレベルになるしね。ほんとう、よくできた初心者ダンジョンだ」

 ウィザードも、ビールを飲みながら、多少滑りやすくなった口を開く。

「先輩、次のレイドには?」

 レイド。モンスターがダンジョンの外に侵攻してくる、冒険者とモンスターの戦争。冒険者にとっても、国にとっても、そこに住んでいる人にとっても大きなイベントだ。

 冒険者になってから、満月の夜に行われるレイドには、欠かさず参加していた。

「もちろん、参加するよ。上野でね」

 そう言うと、ウィザードは子供のように笑う。彼、まだ20代前半だったはず。遊び盛りの時期に、ギルドナイトだったり、冒険者の顔としての活動だったりをこなし、すごいと思える。そう思いながらも、若いなあと思ってしまうのは、単純に、若さへのひがみかもしれない。

「となると、2回ぐらいクロウラーの巣へ行って、10階のボスフロア行って。ユノも、レイド間に合うかな」

「ウェーブの5回目までなら、戦力ですね。それ以降はモンスターが固いかもしれません」

「ウェーブ5まで、全部のモンスターを倒したら、称号取れない?」

 上野の称号もちのウィザードに聞いてみる。地名の称号は、モンスターレイドで一番多くのモンスターを倒すと得られる称号だった。

「足りないと思います。レイドの10ウェーブ中、半分とはいえ、8と9ウェーブでの敵数が多いため、難しいでしょうね」

「30レベルまでに、スキル発現したらなあ」

 僕がそういう様子を、ウィザードはじっと見ていた。僕を通して、ユノを見ているようだった。

「上野の称号は、まだまだ渡しませんよ」

 目の前の、優し気に笑う男も、モンスターレイドの一点に関しては譲らない。ギラギラと、対抗心をむき出しにしてくる。

 ウィザードは、上野が初心者ダンジョンであるために、上野のレイドに参加し続ける。

『上野は冒険者の登竜門として、みんなが通っていくダンジョンです。絶対に守らなければいけない。未来の冒険者のために絶対に守り抜く必要がある。だれかが、やらないといけないんです』

 むかし、そう言っていた。その通りに、モンスターレイドでのモンスター討伐数一位、上野の称号を取り続けている。誠と人を愛するためだった。それを、西郷隆盛のようと言うと、困った顔をする。

「僕は表に出ないから、ユノがウィザードを脅かしに行くよ」

「ええ。全力で跳ねのけます」

 プシュッ。僕たちは、杯を交わした。

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