第12話 おじさんとユノのお買い物

 飛翔の耳飾り(フェザーベール)を使って、帰還した。暗いダンジョンへのゲートを背に、明るいギルドのほうへと連れ歩く。

「食べる?」

 モンスターと戦うとき、不注意で折れた剣の柄を握りしめているユノに、チョコレートバーを渡した。

「うん」

 ユノはチョコレートバーの包装を破り、大口でほおばる。ひとくち、ふたくち、続けて噛みつく。

「んぐっ」

 食べきったユノは、男勝りに口元をぬぐう。

「ありがと、切り替えるね」

 ユノは目の色を変えた。二度としないように、気を付ける。言わずとも決意が見て取れる。

 可愛らしい姿に、勇ましい行動。

 戦う場で、はじめて発揮される才能を、ユノは持っているのかもしれない。

 ユノがモンスターと戦う姿を思い出す。まぎれもない、原石の輝き。

 僕だけじゃない。だれが見ても、光を感じ取れる。

 芽吹きつつある種子に、輝き続けられる場と十分な環境を。

 僕の中で、そんな気持ちが芽生えるほど、強烈な光だった。

「モンスターのドロップをお金に換えて、剣を買おうか」

 ダンジョンとギルドの間にある、センサーゲートを通りながら言う。ゲートに冒険者カードのタグを読み込ませて、出入りを管理しているシステム。ここを飛び越えると、ダンジョンから長時間出てこない冒険者として、ギルドナイトや冒険者の捜索隊が出発してしまう。

「あっ、だめだよ。おじさんに、お金を貰ってもらわないと」

 まだ慣れていないらしい彼女は、おそるおそるといった様子でセンサーゲートをゆっくりと通ってくる。ギルドの建物に入ると、小走りで近寄ってきて、僕の袖を掴んで言った。

「おかね?」

「うん。だって、モンスターのドロップは私だけのじゃないよ。私とおじさんのだよ」

「そういうことか。いいよ」

 僕が、いいよと口にして手をふろうとしたときだった。

「よくないよ」

 キツく、睨みつけるように、ユノは強く口にした。

「だめだよ、おじさん。それは、対等じゃない。実際は、私とおじさんは対等じゃないかもしれない。でも、一緒にダンジョンに行くなら、おじさんと対等でありたい。私、間違ってるかな」

 ここまで言われると、間違ってるとは、言えなかった。

 僕は、すこし屈んでユノに目線の高さを合わせる。

「わかった。ただ、今回換金する分は、パーティーのために使う。それでいいね?」

「うん? あっ」

 ユノは、僕の言い方に含みがあるのに気が付いて、察したのかもしれない。

「くっくっ、剣ってね、案外高いのよ」

 ちょっとした経験の差。換金金額の予想と剣の値段を知っているかどうか。

 今日の僕たちの稼ぎは、剣を一本買って、お釣りがくるかどうかぐらい。

 僕が遠慮したと思って、譲れない意地を見せていたユノが、恥じらいを見せる。赤い舌で唇を撫でながら、うつむきがちに目を伏せる。すぐに、顔を上げた。顔には、ごめんなさいと書いてある。困り眉で、口を開けて白い歯を見せながら笑って、首をかしげた。

 あざとく、かわいく切り抜けられて、僕は、なにも言えなくなった。

 女子高生って、小悪魔めいた魅力がある。せめて、それだけは、言っておこう。

 今日の戦利品。絹糸がいっぱい。クロウラーの繭っぽい糸の素材がすこし。

 買い取りカウンターの台に戦利品を並べながら思う。武器でもドロップすれば、よかったのに。

 モンスターは、稀に武具をドロップする。

 いや、ほんとうに。

 モンスターを倒すと、剣や槍がドロップする。

 僕も、はじめて見たときは「なんで?」と思った。それには、しっかりと理由がある。

 モンスターからのドロップ武器じゃないと、モンスターにダメージが入りにくい。だから、ギルドは最初に、冒険者へ武器を配る。

 たとえば、日本が誇るサムライソード、日本刀を持ってダンジョンに潜ったとしよう。日本刀では、モンスターを切断できない。五郎入道正宗の一振りでも、長曽祢興里入道虎徹の一振りでも、千子村正の一振りだろうと、モンスターに傷はつかない。

 ダンジョンのモンスターは、ダンジョンの武器でしか傷つかない。

 ダンジョンが異世界と言われる理由のひとつだ。世界の理がちがう。

 なので、武器を欲しがる冒険者は多く、ギルドを通さず冒険者同士で売買したりする。武器の中でもスキルを持った武器なら、一攫千金の値段で取引される。ウィザードの杖とか、売ったらいくらするの? って何回も聞いている。

 ちなみに、僕もひとつだけ、そういう武器を持っている。異様に切れ味の鋭い剣。どうにも性に合わず、使いきれない武器のため、更衣室のロッカーで眠ってもらっている。たまに取り出しては、メンテナンスをするぐらい。亡き友人の愛剣を、どう扱えばいいか悩み続けている。そう言いながら、生活に困窮したときには、何度も売ろうとした。思い止まったのは、まさに奇跡だ。

 すぐに買い取り金額が提示され、サインすると、僕の冒険者カードに入金される。

 ユノを連れ、となりのカウンターへ。武器や防具の販売をしているカウンター。

 まず、ユノの折れた剣を渡す。通常なら下取りに出すが、今回はできない。ユノの剣は、ギルドが無償で提供した武器なので、返却になる。

 カウンターのスタッフから、薄い画面の電子カタログを受け取り、一度ロビーのテーブルへと座った。

 ユノと並ぶ恰好で、椅子に座る。僕はパッドを左手で持って、操作した。ジャンルは剣で、予算を入力する。画面には、ずらりと画像が並ぶ。

「ユノ、立って。腕を横に伸ばしてくれない?」

 僕がそういうと、ユノは立ち上がる。

 立った状態で腕を横に突き出す。僕は、パッドのカメラを使ってユノの写真を撮った。

「なんの写真?」

 ふしぎそうにユノが言う。写真を撮られるのが、恥ずかしい様子。

「ユノの身長や腕の長さを読み取って、使いやすい剣の長さを計算してくれる。よし、出てきた」

 カタログの中で、だいぶ選択肢が絞れた。ユノに電子カタログを渡した。あとは、好みだ。

「すごい。制服の採寸のときみたい」

 そう言いながら、ユノはすぐにカタログへと目を落とし、真剣に選ぶ。

 ユノは、しばらく悩んでいた。

 カタログを、食い入るように見つめてる。

 剣といっても様々な種類がある。片刃だったり、両刃だったり。刀身に反りがついているもの、剣先が鋭くなっているもの、言い始めたらきりがないほど種類があり、性能も値段に比例する。つまり、沼だ。良さを知れば知るほど、ハイエンドモデルがほしくなる。冒険のための剣なのか、剣を求めるための冒険なのか。それが、わからなくなる永遠の旅人が生まれることも、珍しくない。

「よし、決めた。これか、これ」

 カタログを持ったユノが、カウンターのスタッフに声をかけにいく。現品を触るようだ。スタッフに声をかけると、奥の倉庫からドローンが箱を持ってくる。

 剣を2本、すぐに、出してきてくれた。片方は、取り回しのよさそうな直剣。もう片方は、わずかに曲がった片刃刀。

 さて、どちらを選ぶのか。

 ユノは、奥の専用スペースで、剣を持って素振りをする。握りを確かめ、感触をつかむ。

 鏡を見ながら、素振りを終えたユノが、ふり返ってこちらを見てくる。

「おじさんっ、こっち」

 右手を上にあげる。片刃の直剣が、光に当てられ、きらめいている。

「あれ、買うよ」

「ありがとうございます」

 僕の冒険者カードを持って、ギルドのスタッフが下がる。伝票と冒険者カードを受け取った。

 ユノは、大事そうに剣を抱える。黒いレザーと金属の鞘を両腕で抱きしめながら、体を上下に揺らして歩いている。揺れるポニーテールが、上機嫌を表していた。

 こんな状況で言うのも可哀そうかな。でも、言わないともっと可哀そうかもしれない。

 顎に生えているヒゲを右手で触りながら、僕は言う。

「ユノ、お母さんの買い物、大丈夫?」

 ユノがフリーズした。案の定、忘れていたらしい。

「い、いま何時。わっ、やばい、やばい。忘れてたっ。絶対、怒られちゃうっ。うぅ~~~~~っっ」

 携帯で時間を確認し、わたわたして、頭を抱えながら涙目になるユノ。

「おじさん、私、帰らなきゃ。ごめんね、また後で連絡するから。絶対連絡するからーっ」

 そう言いながら、出口に走っていきそうになり、剣を抱えていることに気が付いて、慌てて更衣室にダッシュしている。

 その動きは支援魔法もいらないほど機敏だった。

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