第11話 おじさんとユノと折れた剣

 僕は、女子高生の剣技に、強く惹かれていた。

 ダンジョンに入ってから、モンスターとのエンカウントは3回。相手はすべて、大きな芋虫だ。

 1回目は、横に、まっぷたつ。

 2回目は、縦に大きく切り裂いた。

 3回目は、短く鋭利な半月を描き、頭と胴体を離した。

 サポーターの僕は、ユノが倒したクロウラーからドロップしたアイテムを拾う。絹糸ばかりドロップするのは、めずらしかった。

 たのしそうにダンジョンを散歩する女子高生に、僕は聞いた。

「一撃で倒すことに、こだわってる?」

 ユノは、腰の剣を押さえながら、勢いよくふり返った。

 胸の前で手を握り、顔を赤くしながら、早口で言う。

「かっ、格好いいから」

 こらえきれずに、わらってしまった。

 笑い、両肩を震わせて、体が揺れる。

「どうして笑うのよっ」

 不服そうに、そして、はずかしそうにユノが大きな声をだす。

「ごめん、ごめん」

 理由がこどもっぽくて、可愛かった。そういうと、怒られそうだから、煙にまく。

 ダンジョンの3階も終わって、4階へと階段を降りる。壁と同じ石で出来た、広くて長い階段をゆっくりと降りる。

 階が変わっても、怒って唇を尖らせているユノの肩をたたいた。

 振り返るユノの、やわらかいほっぺたに、僕の指がささる。

 ほっぺた、ぷにぷに。

「おじさんっ、もうっ」

 びっくりして、怒られる。

 そんなことを気にせず、ユノに聞いた。

「支援魔法って知ってる?」

「へ? ううん、知らないかも」

「魔法のなかで、目に見えないところに作用する魔法でね。耳をよくして、音を聞こえやすくしたり、望遠鏡のように遠くを見れるようにしたり、筋力を強化して、力持ちにしたりね、身体能力に直接作用するような魔法があるんだ」

「あっ、スキルの身体能力強化みたいな? 私、もってるよ」

 ユノが冒険者カードを取り出して、隠れているスキル欄を表示させてから、見せてくれる。

「ええっ。もうスキル持ってるの? しかも、良いスキル。そう、身体能力強化のようなもの。短時間だけ、めちゃくちゃ強くなる」

「バイキ●ト?」

 ユノが、おずおずとゲームの呪文を口に出す。

「そうよ。おじさん、バイキ●トもヘイストも使える魔法使い」

「神じゃん」

 ユノの目が期待に光ってる。ゲームの楽しさを知ってるんだろう。

「いんや、上野によくいる庶民派おじさんです」

 僕らは、笑い合う。

 簡単に言葉で説明してから、支援魔法をかける。魔法をかけると、きっと、ユノが走り出す気がする。

 それでもいい。

 ユノの突き進む姿を、みたくないわけでは、なかった。

「加速(ヘイスト)、身体強化(エンハンス)、火の加護(エンチャント・フレイム)、重力障壁(G・ウォール)、反重力鎧(G・アーマー)」

 おじさんの支援魔法セット、基本の一。敵に合わせて、抵抗系の防御魔法を入れたりしない限りは、このセット。はじめてこの魔法を受けると、羽が生えたように飛び回る。体は軽いし、動きは軽やかで、武器の威力も上がっている。

 支援魔法サポート特化型の魔法使いは、回復魔法使い《ヒーラー》より珍しく、どこの冒険者パーティーに入れられても好待遇を受けるはずだった。しかし、僕は知らない冒険者たちとダンジョンに入るなんて目にあったら、空気に耐え切れず逃走する。顔見知りがいたエンタープライズですら耐えきれず、パーティーを組むのは嫌だった。3人ぐらいとパーティー組むなら、サポートに徹することができるが、それ以上になると忙しくてやっていられない。ソロのほうが気楽で良い。

 どうやら、サポートの本質である奉仕と僕の性格が一致していないようだと、薄々気がついてはいる。ただし、認めるつもりはない。

 ユノが垂直飛びをする。浅く体を落としてから、膝の力で軽く飛び、僕の背より高く、飛び上がる。

 抜刀し、素振りもしていた。身体能力の向上についていけず、剣が振り回されていた。数振りもして、調整すると、流れるように剣を操る。

「おじさん、すごいよ。最強の魔法使いは、ウィザードさんかもしれない。最高の魔法使いは、絶対おじさんだよ」

 口を開くのも忘れて、体を動かしていたユノが、急に動きを止めて言ってきた。

 むかし、雷帝のやつにも言われた。エンプラが出来る前、ふたりで組んで潜っていたとき「おまえが最高の魔法使いだ。自信を持てよ。俺たちが最強だ」そう励まされ、ダンジョンに連れて行かれ、いいように使われた。

 あのときの僕のように、ユノはダンジョンに夢をみて、わくわくしてるんだろう。

 過去の自分と重ね合わせて、想像する。ユノは、どんな冒険者になるんだろう。途中でやめたっていい。いま、ダンジョンに挑みたい。その気持ちを後押しできるようにサポートしたい。

「ユノ、手のひら見せて」

 さきほど、転んで立ち上がったとき、ユノは、利き手を隠して左手を差し出していた。

 なんとなく、違和感があった。

 ユノは気まずそうに、両手を差し出してくる。

 予想は、当たる。綺麗な白い手に、不似合いな絆創膏が貼られている。中指と小指の付け根あたりを触ると顔をしかめた。

鎮痛アンチ・ペイン

 回復魔法で治してしまっても、また同じことを繰り返してしまうから、痛みだけ和らげる。

「頑張り屋さん、ほどほどにね」

 熱心な素振りの跡が手に残っていた。その成果か、モンスターと戦うときの動作に、余計な力が少ない。戦う姿を切り取ると、駆け出しの冒険者のレベルではない。

 しっかりと、努力のできる子だと思った。

「うん。ありがと、おじさん」

「僕は、ユノの支援者サポーターだから」

 ユノは、手の握りを確かめ、頷いていた。

「あんまり、回復魔法は得意じゃないんだ。ケガには気を付けてね」

「はいっ。でも、ユウのケガ治せるなら、不得意でもすごいんじゃ?」

 ユノが首をかしげてくる。

 「あーっ」と、長い声を出してから、言った。

「あれは、たまたまだよ」

 肩をすくめて、おどけていう。

 大きな目がぱちくりと瞬き、口角をあげる。

 そういうことに、しておいてあげる。

 後ろに手をくんで、意味ありげな顔で僕の横を通り過ぎる。その様子が語っていた。

 女子高生、いや、女の子って空気を読むというか、悟るというか、目に見えない感情を読む力がすごいな。

 僕は、たじたじになって、ユノを追いかけた。

 支援魔法で、さらにスペックの上昇したユノのダンジョン進撃は、文字通り加速している。

 クロウラーが相手になっていない。抜刀して、横を通り過ぎると、クロウラーが倒されている。

「これは、強すぎるなあ」

 ユノがクロウラー2体の間を、滑るように割り込む。素早く二連。右の袈裟斬り、手首を返して、左の袈裟斬りを見舞わせる。背後にいるクロウラーの距離感も掴んでおり、一切ブレない軸で回転し、勢いよく水平切りをくらわせた。

 感心するのは、この後だ。モンスターを倒した直後、気を緩ませることなく、顔を振る。周りにモンスターがいないことを、自分の目で確認してから、静かに武器を納めた。

 これが、初心者。

 戦闘慣れしているとは言わない。まだ、手探りで自分のスタイルを探している。しかし、センスがある。そう、感性が抜群にいい。

 きっと、戦うことに思いを馳せて、何度も、何度も頭に思い描いてきたんだろう。そんな、青い胸のうちが見えたよう。

「よしっ、レベルアップ」

 自分の冒険者カードを見て、ひとつ増えた数字に喜ぶ。

 レベルアップでハイタッチ。両手をあげて待つと、ユノが嬉しそうに走ってきて、パンっと気持ちいい音を立て、手を合わせる。

「良いペースだ。おめでとう」

 レベルアップして、ダンジョンを降りて、またレベルアップする。

 上野はモンスターが強くないと言われる。それでも、決して優しいわけではない。ダンジョンに潜って、ただ歩くだけでも、気を張ってしんどいし、戦闘なんか一度やるとどっと疲れる。はじめのころの、ダンジョンの印象を思い出すと、どんよりとした気分を思い出せた。

 このまま、突き進んでいくユノを見たいという気持ちが、はやりそうになる。僕は、気持ちを堪えて、ストップをかける。

「ユノ、次のモンスターでラストにしよう。良い時間になってる」

 ダンジョンは8階まで潜った。モンスターが少し堅くなっている事を、ユノは気づいているだろうか。

「もう、そんな時間? わっ、お母さんに、買い物頼まれてるんだった。怒られちゃう」

 楽しい時間ほど、すぐに過ぎ去る。のめり込んでいたユノが、現実を思い出していた。

 そんなことを言いながらも、歩みを前へ進めると、モンスターが見えた。

 ユノは、お母さんを思い出したらしく、すこし焦っていた。

 どこか力任せな大振り。余計な力が入りながら、剣を振るった。

 バキンッ。

 上から下へ。素直に振り下ろされた剣は、クロウラーを切断する。そこで止まらない。余計な力が発散されるように、硬い石の地面に剣が叩きつけられる。

 疲労していた金属は、柄の数センチ上で折れた。

「ああーーーっっ」

 剣を折って、ユノが声を荒げる。

「はい。今日はここまで。焦りは禁物。教訓だね」

 僕は落ち込むユノを連れて、ギルドへと帰還した。

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