第8話 おじさんとウィザード

「先輩、16歳の女の子とパーティー組んだって、本当ですか?」

 ギルドの男性更衣室。換気扇が悲鳴を上げなら必死に働き、ドローンが頑張って掃除をしてくれる綺麗な更衣室で、僕を先輩と呼んでくれる、可愛い後輩がそう言った。

「ほんとだよ。だって僕は、支援魔法使いじゃないか。ひとりでダンジョンに潜っても、ガス欠するから、そんなに狩れないんだ。ウィザードみたいに魔力量も多くないしねえ」

 自分のロッカーの近くの椅子で、ヒールの低いレザーブーツの靴紐を念入りに結ぶ。

 上野ダンジョンの顔、上野・ウィザードは端正な顔を崩す。眉をつり上げて、口の端を強く結んでいた。

「あの子ですよね。黒い髪の、目のぱっちりした可愛らしい女の子」

「あれ、よくわかったね。そう、ユノちゃん」

 着替え終わったウィザードが、椅子に座り、長い脚を組みながら言ってきた。なんだか、その姿が妙に様になっている。ただし、誰かがつけた制汗剤のキツい匂いに鼻を曲げていた。

 ウィザーズコード。一時期、魔法使いに流行ったトレンチコートのブームがあった。発端が君だってこと、知ってるのかね。彼は今も、淡いクリーム色のトレンチコートを着こなしていた。

 ダンジョン内で得た装備品は、僕らの常識を超えてくる。布に魔法抵抗があり、燃えなかったり、鉄の塊であるはずの剣が羽のように軽かったりする。それらは、魔法具マジックアイテムっていう、ダンジョン産のレアアイテム。魔法のような特性が付与された、道具。

 例えば、ダンジョンから脱出できる飛翔の耳飾り《フェザーベール》なんかも、そう。あれは、ギルドが頑張って作っている。

 上位の冒険者になると、全身が魔法具マジックアイテムの装備で埋め尽くされる。ウィザードのように。

「先輩、上野に来た目的、覚えていますか?」

 ウィザードは、不満げな声だった。

「もちろんさ。だって、僕に手紙をくれたじゃないか。でも、本当に上野に変化が起こってると思ってなかった。実際に、この目で見るまではね」

 ウィザードから手紙をもらったのは二週間前。上野ダンジョンで最近おかしなことが起こるって内容だった。あの時は、九州にいて、東京まで戻るお金が無かった。仕方なく、お金をためて大阪まで夜行バスで行き、冒険者の友達に金を無心して、ようやく東京まで来れた。

「見慣れないモンスターの目撃情報はあったのですが、負傷者が出たのは初めてでした」

 先日の高校生が襲われた事件を思い出し、重い顔のウィザードが言う。

 上野ダンジョンは数あるダンジョンの内でも、初心者ダンジョンとして名高い。モンスターが好戦的でなく、そんなに強くない。そんな初心者のダンジョンに、イレギュラーが起こるのは、おもしろくなかった。

「いるかな? 悪魔」

 僕がそういうとウィザードの顔には、異様に力が入った。

「間違っても、ひとりで戦わないでくださいよ。いくら先輩でも、悪魔を相手にひとりで挑むのは無謀です。僕たちが悪魔と呼んでいる相手は、エンタープライズ《ぼくたち》の仇です」

「僕は、エンプラに、いや、雷帝に雇われていた傭兵だよ。独行道を行く冒険者さ」

「そうは思いません。大事な場面、苦難を乗り越えた場面で、先輩は必ずいてくれました。先輩はエンタープライズの仲間です。そんなことを言うから、ホーネットさんに引きずられてダンジョンに連れていかれるんですよ」

 エンタープライズの中でも異色の強さを誇る殺戮の女王(キラー・クイーン)、名をホーネット。魔法使いが存在する冒険者のなかでの異端、核兵器のような魔女だった。

「ホーネット、すっかりダンジョンで名前は聞かないよね」

 ウィザードは意外そうに眼を大きくした。背筋を伸ばしてから、軽い口調で言う。

「ホーネットさん、秋葉原でメイドカフェをオープンさせましたよ」

 更衣室に、笑い声が響いた。もちろん、僕の。

 ホーネットが、メイドカフェ?

 似合わない。

 オークがファーストフードのハンバーガー屋の店員をやるほうが、よっぽど可愛げがある。

「くくくっ、ウィザード、店を教えてよ。遊びに行く」

「先輩が行くなら、ホーネットさんも喜ばれると思います」

「なんでよ。追い返されるのが目に見えてる」

「お金を使う人は、お客様扱いしてくれますよ」

 ウィザードが親指と人差し指をくっつけて言った。この様子だと、だいぶ、勉強させられたようだ。

「おじさん、お金無いから。今日の生活費稼ぎにダンジョン潜りの日々よ」

「それは大変ですね。ギルドナイト、推薦しましょうか?」

 大げさな口調でウィザードが言う。僕が断るのが目に見えているようだ。実際、ウィザードの思い浮かべた顔を、僕は、いま浮かべている。

「勘弁してくれ。人と一緒に行動するのが苦手だって、知ってるくせに」

 笑うウィザードを見ながら、準備のできた僕は、立ち上がる。

 ウィザードも一緒に立ち上がり、杖を携えた。

 揃って、ダンジョンへと歩みを向けた。

「そういう意味でも、珍しいじゃないですか。先輩が誰かとパーティー組むのって。2人組デュオなんて、雷帝さんや影虎さん以来ですよね。僕とも組んでくれないのに」

 最後、拗ねるようにウィザードが言う前に、僕が言い始めた。

「奴らは、イヤって言っても、ダメって言っても無理やり連れていくんだよ。組むんじゃない、組まされる。あげくに僕のことを「おい、バフ」とか「ボーナス」って言ってくる。あれを2人組(デュオ)とは言わない。あれはソロ。あいつらのソロに僕が連れて行かれるだけ。サポーターじゃない、ただの荷物持ち《ポーター》」

 ウィザードは、横目で僕を見つめていた。すぐに肩を落とす。

「先輩、パーティーを組まされていた理由はわかりましたが、今回、あの子と組んだ理由は?」

「うーん」

 歩きながら、うまく言えない感覚に、説明をつける。

 ダンジョンへと続くゲート。魔の力で造られた、冥府への門。

 ここで、すれ違った高校生を思い出す。

 強い目を、よく覚えてる女の子だった。あどけない顔に、はっきりと意思を告げる、空の色が映っているような目。それでいて、浮かべる表情は、思春期の少女の恥ずかしさを隠し切れない様子だった。

 僕はどうして、あのとき、ユノちゃんを引き止めたのか?

 引き止める理由は、たくさんあった。

 同級生が結果的に軽傷だったとはいえ、骨が見え、折れているような大きな傷を受けていた。そんなことが起こった少し後に、ダンジョンに潜ろうとしていたから。

 そう思うと、ユノちゃんが、ダンジョンにいることは、おかしな事だった。

 でも、それが引き止めた理由じゃない。

 少女が、ひとりで朱に交わろうとしていたら、止めるだろう?

 遊び慣れてない女の子が、遊び慣れた男たちに連れてかれそうになっていたり。

 ダンジョンっていう、過激な遊び(エクストリーム・スポーツ)を覚えたての子供が、はめを外したがっていたり。

 ましてや、染まろうとしている子が、宝石の原石だとしたら、なおさらだ。

 あのとき、僕も必死だったから、おぼろげにしか覚えていない。ギルドの受付で救援を求められ、急いでユノちゃんたち高校生パーティーを探しているとき、僕は見た。

 モンスターに襲われながら、果敢に挑む少女の姿を。

 誰から見ても、瞳に勇気が見て取れた、ユノちゃんの横顔を。

 長いようで短い沈黙を待っててくれる、ウィザードに答えを言った。

「ひとめぼれ」

 ウィザードは凛とした表情を崩す。目を見開き、歯を見せるぐらい口を開いて、首を大きく後ろに逸らしながら「えっっ」と声を出す。

「ってのは冗談だけどさ。なにか感じるものがあったのは、たしかだよ。さぁ、行こうかウィザード。ふたりで一度、行けるところまで行ってみよう」

 僕が誘うと、このダンジョンで最強の冒険者は喜んだ。

「いま確認できているのは37階までです」

「増えたねえ。といっても、僕が一年ぐらい上野に近づいてないだけか」

 レイドを一回クリアするたび、ダンジョンは一層ずつ増えていく。上野ダンジョンの記憶は20階そこそこで止まっていた。ダンジョンが成長すると、レイドに出てくるモンスターも成長する。日々、冒険者も成長しなければ、モンスターに侵略される未来が見えている。

「成長したのは、ダンジョンばかりで無いことを、先輩に知らせなくては」

 ウィザードの杖が光る。セプターとよばれる最上位クラスの杖の魔法具マジックアイテム「世界樹の雫」黄色い宝石が輝く、木の杖だった。

 素直に張り切る、そんな姿が彼らしい。ホーネットにボウヤと、からかわれるだけある。

「いくよ、ウィザード。背中は任せろ」

「はいっ。よろしくお願いします、先輩」

 僕らは、ダンジョンに踏み込んだ。

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