第31話 舌の中からこんにちは
「ところで、連れて行くって言うのは具体的に何をすればいいんだ?」
「扉を通過する資格は、暗号を解いた人と、その手助けをした奴らに与えられる。この場合、お前たち三人には資格が与えられるが、私には与えられていない」
「……なるほど」
とりあえず相槌を打っておいたが、つまるところどうすればいいんだろうか。もう一度暗号を解くふりをして、ナンバー2に資格を与えるとか?
……思えば、俺達の中にも暗号を解いてない奴がいたな。
「なあ、うちの妖精は読み解きの手伝いどころか、邪魔しかしてないんだけど資格ってあるのか?」
「邪魔とは失礼ですね。多角的な視点からいくつもの仮説を立てたじゃありませんか」
「……ソウデスネ」
あからさまな態度の俺に、コシュアはご立腹だ。だが、あれが手助けになるのなら、全生物に扉を通過する資格が与えられてもおかしくはない。
「大丈夫だろうな。お前たちは契約を結んでいるのだろう?」
「あぁ、一応」
「それなら、お前たちは二人で一人としてカウントされる」
それは助かった。あまり認めたくはないが、コシュアは何かと頼りになる。ここにコシュアだけ取り残されるというのは避けるべき事態だった。いや、それにしても――。
「……やけに詳しいな、お前」
ナンバー2は、さっきからやたらと扉についての知識がある。扉を通る資格だとか、契約を結んでいる奴らは二人で一人のカウントだとか。
「当然だろう。私が作ったのだから。あの扉も、この無限図書館も」
「……はい?」
聞き捨てならないセリフをさらりと話す。あまりに突然の告白に、頭の整理が追いつかなかった。
「どういうことだよ!? お前が作った、って……はああああ!?」
「なに、昔の話さ。今は司書様に会うことが最優先だ」
俺とナンバー2の温度差がひどい。
「何でお前は平然としてんの!? 一番最初に言うべき事だろ! 何で隠してんだよ!」
「言う必要が無いからだ。私の知識だけで抜け出せるのなら、今の今までここに居たりはしない」
「……」
それもそうだ。ナンバー2の行動理念は「司書様に会う」、ただそれだけだ。それを叶えるために、俺達と手を取り合っているのだ。
「取り乱してすまなかった。それで、何をすればいいんだよ」
「簡単なことだ。お前の舌に浮かび上がっている紋章、その中に一時的に入れて欲しい」
「……はい?」
「言った通りだ。お前の舌にある紋章、その中に俺を入れて欲しい」
『……?』
『……?』
コシュアに無言の心の会話を開いてみたが、心当たりが全くないようだ。本当に紋章があるのか確認してみたい。だが、鏡なしで自分の舌を隈なく見るのは至難の業だ。とりあえず、舌を出してコシュアに見てもらうことにした。
「んー……あ、これですか?」
コシュアは俺の舌の中央辺りを指さした。その背後からのぞき込むナンバー2が「そうだ」と小さく頷く。
「マジの話なのか……」
「あぁ、私にもこれが何なのかはよく分からないが、少なくとも収納する機能は備わっている」
「収納……?」
「そうだ。覚えているか? 私が本を取り出した時のことを」
「本を取り出したぁ? ……あ! 口から出した時のやつか!」
あの時はチヨちゃんとナンバー2によって心も体も操られていて、意識があやふやだったが、あの瞬間の驚きは別格だった。口のサイズよりも、はるかに大きな本が出てきたのだから。
「そうだ。あの時は私に七十%ほどの支配権があったとはいえ、本を一冊入れるだけで精いっぱいだった。だが、お前が許可してくれるのなら、私がその中に入れるのではないかというわけだ」
「……お前が俺の所有物になるってわけか」
「聞こえは悪いが、簡潔に言いまとめればそういうことになるな」
扉を通る時、俺の体だけでなく服や荷物も一緒に通過できるということだろう。実際にそうなるのかは知らないが、製作者がその仮説を前提に話を進めているのだから間違いないはずだ。
「それで、許可するってのは?」
「私を受け入れる心構えをするだけでいい。目を閉じて、私が舌の中に入ってくることを想像してくれ」
「……気持ち悪いんだけど」
「お前の評価などどうでもいいと言っただろう。黙って俺のことだけを考えろ」
言い回しがいちいち危険な気もするが、これ以上ゴネても埒が明かないので素直に従っておく。
目を閉じて、ナンバー2のことを考える。すると、一秒にも満たないうちに、ナンバー2が舌の中に侵入してくる感覚に襲われた。気持ち悪いが、その感覚もすぐに消え去った。
目を開けると、すぐさっきまで目の前にいたナンバー2の姿はなくなっていた。本当に舌の中に入ってしまったようだ。
「じゃ、行きますか」
いまだにすやすやと眠るネルシアを抱きかかえ、心の会話でコシュアが頭の上きちんといるか確認する。……よし、大丈夫だ。
俺は満を持して『見えざる扉』に手をかけた。ドアノブがカタッと音を立てて下まで降りる。ここまではナンバー2で検証済み。問題はここからだ。もしも開かなかったら、俺の舌に潜むせっかち紳士に殺されかねない。
しかし、その心配は杞憂に終わった。扉は少し体重をかけただけであっさりと開いた――。
**
扉の先、そこはこじんまりとした書斎だった。
「こじんまり」といっても狭いわけではない。六畳ほどの空間に、壁一面には本が敷き詰められている。天井は無限図書館と同じくらいの高さ。中央には一人用の豪華な机と椅子が配置されており、椅子に座っている女性はこちらに背を向けて座っている。
こちらの気配に気づいたのか、足で反動をつけて椅子を180度回転させ、その女性がこちらを向く。
全体的に柔らかな雰囲気をまとっているが、黒い丸眼鏡の奥には強い信念がこもった目をしている。皮膚は栗色の暖かそうな毛に覆われており、頭には角ではなく犬のような耳がぴょこんと二つ生えているのが特徴的だ。
「おめでとう。君たちが初めての来訪者だ」
司書と思われる女性が、にっこりと微笑んだ。
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