第29話 飼いならされた男
「……いつまでそうしているつもりですか?」
ひとしきり涙が出きった頃に、コシュアが近づいてきた。俺がうつ伏せなせいで顔は見えないが、心配というよりは呆れの方が多分に含まれている気がする。
「出来るならずっとこのままでいたい。現実から目を背けていたい」
「馬鹿なこと言ってないで起きてください。ナンバー2がようやく素直に喋ってくれるようになったんですから」
「……マジ?」
「マジです。気が変わらないうちに洗いざらい話してもらいましょう」
本当にこのままずっと寝ていたい気分だったが、「素直なナンバー2」という相いれない二つの単語の組み合わせが、強く好奇心をくすぐった。
**
ナンバー2は依然として仰向けで倒れたままだった。体には絨毯と同じか、それよりももう少し暗い色の紐が巻かれている。その紐には、等間隔に蝙蝠がぶら下がっていた。もはや見慣れた、ネルシアの蝙蝠だ。
少女モードネルシアの横で、スーツ姿の若執事が緊縛されている。この状況は、なんとも言えない危険な香りを放っていた。
「あれ? そういえばナンバー2って
ネルシアが奇襲を仕掛けた時も、沈むナンバー2を俺が引き留めようとした時も、ナンバー2の体は全てをすり抜けていたはずだ。
「それがねぇ、魔力をたくさん込めたものだと
血を失ったネルシアは、どこか口調が幼くなる。血を分け与えようかとも思ったが、無暗に与えていたら今度は俺の方が失血死しかねないから、このままにしておこうか。
「ん? お前が殴った時は魔力で作った鈍器すり抜けてたよな?」
「……あー、あの時は奇襲だったから、ただ血を固めた武器で殴っただけなのでして……」
「野蛮人じゃねぇか」
「……反省してます」
ネルシアはシュンとした表情で、より一層縮こまった。罪悪感が凄いので話を変えるとしよう。
「そんで、あのナンバー2が素直になったと?」
「そ、そうなんですよ! 私がちょっと痛めつけただけで、すぐに素直になってですね!?」
露骨な三下ムーブで、ネルシアはナンバー2の紹介を始める。「見てくださいよ、この従順な瞳!」と、両手でナンバー2の顔を指し示す。指示に従ってみてみると、射殺さんばかりに睨み返されてしまった。
「どこが『従順な瞳』だよ! 殺意しか感じられなかったぞ!?」
「まさかぁ。ほら、綺麗なまん丸おめめじゃないですか!」
「嘘はやめっ……キモいな」
半信半疑どころか、無信全疑の勢いでもう一度ナンバー2の方を見てみる。すると、そこには本当にまん丸おめめのナンバー2の姿があった。なんだこれ、クソコラか?
しかし、そのまん丸おめめナンバー2はすぐに顔を引っ込めた。ネルシアが目を離した途端、さっきまでの怨念の結晶のような目に戻ったのだ。
……完全に調教済みだぁ。
流石の仕事っぷりを褒めようと、ネルシアの方に目を向けなおす。すると――
「ん……なァ」
「どうした!?」
ネルシアは話の途中で膝をついて崩れ落ちた。顔が地面に叩きつけられる前に支えられたのが幸いだ。
「う……んむぅ」
「貧血でしょうね。すぐさま血を吸わせてあげてください」
「やっぱケチらない方が良かったか……」
俺の腕の中で朦朧としているネルシアに、半ば強制的に俺の手を噛ませる。角度によっては授乳に見えるかもしれない。……ふざけたこと言ってる状況じゃないか。
辛そうな顔をしているが、ゆっくりと血を吸い始めたネルシアに安堵する。目は虚ろで、生温かい吐息が腕にかかってくすぐったい。やはり、【特権】を絡めた能力を行使し続けるには、それなりの人間の血がいるのだろう。
赤子をあやすように抱きかかえていると、いつの間にかネルシアは眠ってしまった。
――それに気づくと同時に、近くで「パキィン」と何かが割れる音がした。
何やら不安な心持ちの下、おずおずと音のした方を向く。そこにはゆっくりと起き上がる、鎖から解き放たれた猛獣の如き目をしたスーツ姿の若執事が居た。
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