第28話 据え膳揉まぬは男の恥
「……何を、言っている?」
何とか平静を保っているが、義人2の頬に冷や汗が伝う。
「とぼけないでください、ナンバー2」
「……ハッ、素晴らしい観察眼だ。我ながら完璧な作戦だと思っていたが」
いや、あれのどこが完璧なんだよ。ポーズがいちいちかっこつけすぎだったじゃねぇか。
「あなたの目的は何ですか? あなたの行動は最初から矛盾していました。私たちを無限図書館に閉じ込めたのも、脱出する手立てを与えたのもあなたです。……何が、したいのですか」
コシュアは怪訝そうな目で義人2を見つめる。理解しかねるのだろう。彼の行動理念を知らないコシュアにとって、ナンバー2のやっていることはめちゃくちゃだ。
ナンバー2がコシュアの問いに答えを返さないせいで、誰も喋らない時間が流れた。静寂。微かに聞こえるのはネルシアの寝息だけ。
……この状況でよく寝ていられるな。
緊迫した状況の妖精と人間、そして気持ちよさそうに寝息を立てている吸血鬼が一人。
膠着した状況に動きをもたらしたのは、ナンバー2だった。
「俺は、司書様に会う。そのためだったら、たとえ……たとえ、人間の命を奪おうとも――!」
ぶつぶつと独り言を呟いた後、義人2は血走った目で扉に体重をかけた。その時だった。
「動くなと、言ったはずです。……『ウィンド・リム』」
室内であるはずの無限図書館に、一陣の風が吹き抜ける。それを不思議に思う間もなく、喉元に針を突き刺すような鋭い痛みが走った。
「ガッ……グゥ」
口から言葉にならない声が漏れた。義人2は受け身すら取らずに、そのまま絨毯へ仰向けに倒れ込む。
その拍子に頭を強く打ち付けて、強い衝撃に見舞われる。そのせいで、俺の意識はあっさりと深い闇へ沈んでいった――。
**
――どれくらい寝ていたのだろうか。パチリと目を開けると、無駄に高い屋根が視界を埋め尽くした。体の下にあるのは、柔らかな赤い絨毯。
手を上に伸ばし、開いて閉じてを繰り返す。あぁ、返ってきた。自分の体だ。自分の体を自由に動かせることに、これほど感動を覚えたことはない。
「あ、起きたようですね」
上体を起こすと、少し離れたところにいるコシュアと目が合った。コシュアの隣にはお姉さんモードのネルシアがいた。そして、さっきまでの俺と同じ体勢で横たわっているスーツ姿の男が一人。
「離せ! 早くこの気持ち悪い蝙蝠を消せ!」
「私の蝙蝠ちゃんを気持ち悪いとは、許せないなぁ! もうちょっと締め付けを強くしてあげるよ。ほら、近くで見ると結構可愛い顔してるでしょ?」
「だああアアァァ!!」
何やらネルシアに拷問を受けている様子のナンバー2は小さく、しかし激しくのたうち回った。
「……何が起こっているんだ?」
コシュアが窮地を救ってくれたのは間違いない。が、気絶する寸前の痛み……あれはなんだ?
『義人さんの喉仏に、魔法で穴を開けさせてもらいました』
復活した心の会話で、コシュアが恐ろしい真実を告げる。思わず喉元に手を当ててしまった。
『気絶したすぐ後に私のあんころ餅で修復したので問題はありません』
『問題はありません、じゃねーよ! めちゃくちゃ痛かったんだぞ!』
『すぐさまナンバー2に出て行ってもらうには、痛みしか思いつかなかったので。結果うまく行きましたし、許してください』
『……まあ、助けてもらったのは事実だからな。とりあえず……うん、ありがとう』
『あら、あなたからまたその言葉を聞けるとは思いませんでした』
『……うっせぇな』
コシュアは悪戯っぽく笑みを浮かべた。言わなきゃよかったかもしれない。
『でも、よくナンバー2のこと気づけたよな。やっぱり言動がキザだったからか?』
『いえ、私が気づいたのは、ネルシアの胸を揉みしだかないと断言した瞬間です。あなたの性癖からして、ネルシアの慎ましやかな胸を揉まないと言い切るのは不自然でしたからね』
『……泣いていいか?』
『どうぞ、ご自由に。私はナンバー2の拷問で忙しいので』
体勢を変えて、うつ伏せの状態で絨毯に倒れ込む。俺の涙は、人知れず赤い絨毯に吸い込まれていった。
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