第27話 図書館紳士は揉みしだかない

「勝手口……のやつだよな?」


 無限図書館とネルシア宅を結んだ扉。その扉が、再び俺達の目の前に現れた。


「家に帰れるということでしょうか……?」

「いや、それはないだろ」


 無限図書館は司書様に会わない限り出られない。ナンバー2が言っていたことだ。


「とりあえず、ネルシアを起こしてきましょうか」


 そう言うと、コシュアは俺の頭を飛び立っていった。


 この扉はいったい何のために現れたのだろうか。……扉というと、どうしても暗号の『見えざる扉』が脳裏をよぎる。でも、これが本当に『見えざる扉』なのか? がっつり見えちゃってるけど。


 そんなことを考えていると、俺の口が意識していないことを喋り始めた。


「おめでとう。どうやってあの暗号を解いたんだ?」


 この感覚は、あれだ。ナンバー2だ。油断したわけではないのに、ナチュラルに体の主導権を奪われてしまった。


「……誰が教えるかよ、くそ野郎」


 当然、俺も暗号の解き方など微塵も知らない。ただ、それをそのまま言うのも癪なので、とりあえず粋がっておく。


「ほぉ、いいのか? そんな口を聞いて。人質はお前の体だぞ?」


 俺の右腕の人差し指がトントンと心臓付近をノックする。


「……何がしたいんだよ、お前」

「司書様に再会する。私はそのためにここにいる。……解読方法を言わないのなら、このまま乗っ取るだけだ」

「――ッッ!」


 ナンバー2が俺の口でそう言った途端、急に彼の支配が強まった。俺の可動領域が段々と狭まっていく。なんとも不思議な感覚だ。自分の体なのに、思うように動かせない。自分の頭なのに、意思を持った別の意識体に侵食されていく。


「ふむ……本当にお前の体は乗っ取りやすい。この調子なら完全支配まで五分とかからないだろうな」


 口角をぐにゃりと上げて、邪悪な笑みを浮かべる。


 完全支配というのが何なのかはよく分からないが、相当まずい状況にあるということだけは分かる。なんとかして早く追い出さなくては!

 

「ネルシアが全く起きません。余程疲れてたんですかね」


 渡りに船とばかりに、ネルシアを起こしに行っていたコシュアが肩を落として帰ってきた。


 『コシュア! 俺だよ俺!』


 心の会話で意思疎通を図ろうとしたが、こんな状態では心の会話も出来ないらしい。いつもは無意識でも流れ込んでくるコシュアの思考が、今では一つも流れてこない。


「おう、そうか。とりあえず、この扉を開けてみようぜ」


 俺のフリをしたナンバー2、通称「義人2」は右足のかかとを浮かせ、扉に肩越しに指を指しながらそう言った。え? 俺って他人からこんな風に思われてんの? 違うよね? コシュアなら分かってくれるよね?


「いえ、前回みたいに開けた瞬間吸い込まれるという現象が起きかねません。その場合、ネルシアを寝た状態にしておくのはどうかと思いますが」


 全然気づいてない。全然気づいてないよコイツ! 契約者なんだからこれくらいの簡単な間違い探しくらい分かってくれよ!


 そんな俺の悲痛な叫びも、心の会話が使えない今ではコシュアに通じることはない。いままで、不本意ながらもコシュアと心が通じ合っていたのは、心の会話があったからなのか? 


「大丈夫だ。もしも吸い込まれそうになったら、俺がなんとしてでもネルシアを守る」


 キザな言い回しだが、言い方に荒さが出ている。恐らく、ナンバー2は早く扉を開けたいのだろう。


「そんなこと言って、どさくさに紛れてネルシアの胸でも揉みしだこうとか思っているのでしょう?」

「そんなことするわけないだろ。……もういい、開けるぞ」


 静かに業を煮やした義人2は、ドアノブに手をかけた。開くのか? ナンバー2の反応からして、これが『見えざる扉』なのはほぼ確定だろう。だけど、鍵は? 何の本だ? それに『鍵を鍵足らしめんとする鍵』とかいうものも、何なのか分かっていない。


 しかし、そんな考えとは裏腹に、ドアノブは何の引っ掛かりもなく下がった。これは大変な事態だ。このまま順当に司書室に行けば、コシュアの意識は益々俺から遠のいてしまうだろう。


 どうすればいい……? 五分ってもうすぐなんじゃないか!?


「よし、開い……どうした、コシュア?」


 義人2はドアノブを完全に下ろしきった状態で、なぜかピタリと動きを止めた。


「止まってください。これ以上動くとあなたを殺します」


 義人2の喉ぼとけに、手のひらを添えて脅迫するコシュア。その目には、敵意と戦意が満ち溢れていた。

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