第26話 不可回
ネルシアが扉の鍵の謎を解いてからも、俺たちは読み解きを続けた。
ただ、いくら考えても答えらしい答えは出ず、後半は手あたり次第に本を触って確かめてみたり、ナンバー2に渡された本を見えない扉にはめ込むような動作を繰り返してみたりと、パワープレイが続いたが……。
そしてそんなあてずっぽうな行動が正解なわけがなく、早くも俺たちの体力は限界を迎えようとしていた。
「ダメだ。ここが俺たちの墓場なのかもしれないな……」
「諦めないでよぉ」
血液が足りなくてちびっ子モードになったネルシアは、俺が使うとき以外、ずっと解読を続けている。
「逆にネルシアはよくそんなに考え続けられるな。嫌にならないのか?」
体感で言えば二時間ぐらい一歩もその場を離れていない。いつもの天真爛漫なちびっ子ネルシアでは到底考えられない所業だ。
「まあね。昔、お母さんが本を沢山読み聞かせてくれたから。本を読むこと自体は嫌いじゃないよ。謎解きものも結構あったし」
「へー、優しいお母さんだったんだな」
俺の両親は共働きで、二人とも夜遅くまで帰ってこなかっただけに、親のほんわかエピソードはどこか羨ましいものがある。
「うん。お家はぼろくて、お父さんも物心ついたときからいなかったけど。お母さんだけはいっつも『あなたは誉れ高きシェネフ王の血を継ぐものなのよ』って言ってどっかから盗んできた本を読んでくれたの」
ネルシアは懐かしエピソードに軽く目に涙を滲ませている。誉れ高き王の血を継ぐ者に盗品を読み聞かせてんじゃねぇ。
『ところで、シェネフ王って誰だ?』
『吸血鬼の国の最初の王ですね。当時の吸血鬼の国は最強国家といわれ、世界の半分の領土をその手に収めたとも言われています』
『半分!?』
俺の知る範囲の世界史の中でも、それほどの領地を治めた国は知らない。
『じゃあ、今も吸血鬼の国ってのは結構でかいのか?』
『いえ、今はもうありません。いくつかの小さな集まりはあれど、吸血鬼は世界中で難民扱いされています』
『何で? 吸血鬼ってめちゃくちゃ強いじゃん』
『理由は主に二つとされています。一つは人間が「不戦の契り」を結んだこと。二つはそれぞれの民族における人間の血が薄まったことですね』
また聞きなれない単語が出てきたが、これ以上追及すると収拾がつかなくなりそうだ。今は解読に戻らないと。
『まあ、全ての吸血鬼はシェネフ王から生まれたとも言われていますし、ネルシアの中にシェネフ王の血が流れているというのも、あながち間違いではないのかもしれません』
コシュアは最後まで雑学を披露してくれた。こいつ結構物知りだよな。自称天才は伊達じゃないのかもしれない。
とりあえず、本来の作業に戻るため、黙々と解読を続けているネルシアの横から本を覗き込む。その瞬間、耳元でネルシアが大声を出した。
「おぉ!!」
「うっ……るせぇな!」
「ごめんごめん。でもさ、見てよこれ」
全く心のこもっていない形式だけの謝罪をして、ネルシアは本のページをめくった。
「あ……?」
「暗号以外のページに物語が書いてあるんだよ!」
パラパラとめくられていくページには、会話文多めの文章が連なっている。
「……さっき見た時は白紙だった気がするんだけど」
「うん。今見たら書いてあった」
どういうことかは分からないが、事が進展するかもしれないのでヨシとしよう。
「物語ねぇ……。解読のヒントになるかもしれないし、俺が読んでみるか。ネルシアは休んでいてくれ」
「あたしも読むよ?」
「いや、この先もネルシアには解読に参加してもらいたい。こういう雑務は任せてくれ」
「……それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
ネルシアは目をこしこしと擦って、当たり前のように俺の手に噛みついてきた。痛い。まあいいけど。
血を吸い終わったと同時に、夢の世界へと旅立ってしまったネルシアを床に寝かせ、俺は読書にとりかかる。
「ほぉ……」
暗号の次のページは、物語のあらすじだった。本の内容は学園の恋物語。俺のストライクゾーンど真ん中である。
**
「ゆうぐぅ~ん……」
読了。
内容はあらすじの通り、学園ものの恋愛小説だった。二人の男女の淡く切ないラブストーリー。
主人公は本をこよなく愛する女子高校生、
誰とも話すことなく、本さえ読めればそれでいい。そんな生活を送っていた彼女はある日、お気に入りの窓際の席に先客がいることに気づく。
そこにいたのがこの本のキーパーソン、
最初は互いに無関心だった。しかし、共通の好きな本があることをきっかけに、何度も会うたびにほんの少しづつ、しかし着実に惹かれあっていく。
そんな幸せ確定コースの二人だったが、終盤には悲劇が待ち受けていた。
――ネタバレになってしまうので、これ以降の具体的な内容はここでは伏せておくとしよう。
ちなみに、読み終わった後に泣きながら「
俺と一緒にあらすじを見た時は、テンプレで絶対につまらないと豪語していたコシュア。
そのくせ、中盤の惹かれあう場面では「まだ読んでいるので待ってください」とページをめくる俺の手を押さえたコシュア。
終盤では鼻をすする音が聞こえ、読み終わった時には登場人物の名前を呼びながら泣くコシュア。
どれも同一人物であるとはにわかに信じがたいほど、感情の起伏がすごい。
かくいう俺も、かなり感動した。俺の学校生活も図書館ありきみたいなもんだったから、主人公たちにより共感できたと思う。
一人で本に没頭するのもいいけど、やっぱり好きな本を熱く語り合うのは最高に楽しいよなぁ……。
「ぐすっ……ん? 何で、あれが……ここにあるんですか?」
不意に涙交じりの声でコシュアが俺の肩をたたく。
「は? 何のこ……あ?」
コシュアが指さしたその先、少し前までは果てしない廊下が続いていた場所に、一つの扉があった。
光り輝いているわけでもひと際大きいわけでもない、普遍的な木目調の扉。
まるで最初からそこにあったかのような馴染み方をしているそれに、俺達は見覚えがあった。
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