第24話 見えざる扉と鍵と鍵

「お前の言い分はよくわかった。でも、お前のやってること支離滅裂じゃねーか?」


 ナンバー2が俺達を幽閉したのには、それなりの動機があるはずだ。わざわざ他者の【特権】まで使って俺達を無限図書館に閉じ込めたのに、脱出方法を教えるというのはどういう算段なのだろうか。


 俺としては当然の疑問だと思っていたのだが、ナンバー2にとっては違ったようだ。先ほどまでの憎たらしさが消え、代わりに、苦虫を噛み潰したかような、はたまた昔を懐かしむ老人のような顔をしている。


「……司書様が俗世に干渉なさったのは、国立図書館百五十年の歴史の中で今回が初だ。あの死にかけの女と、無角むかくの少年に価値があるのかは知らないが、これを逃せば一生俺は夢を果たせない」


 そう言うと、ナンバー2はずぶずぶと地面に沈み始めた。


「ちょっと待ってくれ! ヘレナとクロを知っているのか!?」


 折角見つけたヘレナたちの情報だ。みすみす手放すわけにはいかない。俺は沈むナンバー2の肩を掴もうとしたが、その手は肩をすり抜けてしまった。ナンバー2はこちらをにらんだまま沈み続ける。


「名前は知らん。だが、そいつらを現在保護しているのは司書様だろうな。俺がお前の体を乗っ取った時に、入れ違いで連れて行かれていた」


 言い終えるかどうかといったところで、ナンバー2の姿は完全に見えなくなってしまった。いったいどういう仕組み何だろうか? 何でそんな人智を超えた移動を事もなげに出来るんだよ。


「クソっ……何なんだよ」

「ネルシアが言っていたように、幽霊の類でしょうね」


 コシュアが少しだけずれた答えを提示する。心の会話の副産物として、俺の隠していない思考はコシュアに共有されているはずなので、わざとずれたことを言っているのだろう。


「……コシュアってオカルトの方もいける口なのか。俺はそういうの信じないタイプ」

「私だってオカルトは信じてませんよ。ですが、霊媒師に似た【特権】を持つ者がいるというのも事実です」

「霊媒師ねぇ……」


 死んだ人の魂を扱うって、あんまり好きじゃないんだよな。まあ、とりあえず地べたに突っ伏しているネルシアを起こすとしよう。


 『血月けつげつ』で血を使ったためか、心なしか全体的に小さくなっているお姉さんモードネルシアの背骨を本でなぞる。


「うひゃあっ! ちょっと! くすぐった……あれ、あのホラ吹き執事は?」


 大声と共に飛び上がったかと思えば、すぐさまナンバー2のことを探し始める。なんとも忙しい奴だ。


「ついさっきどっか行ったよ。てかお前さ、初対面の奴を殺そうとするのは流石に野蛮すぎないか? 未遂で終わったからいいものの」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ! あいつを殺さないと、無限図書館から出られなくなっちゃう!」

「解読書はちゃんともらったから大丈夫だぞ?」

「そんなのどうでもいいの! 早く殺さないと!!」


 血管が切れるんじゃないかというくらい強い目力と口調に、嘘や偽りは見当たらない。どうやら、ネルシアは本当にナンバー2を殺せば出られると思っているようだ。


『恐らく、絵本に地域性があるためでしょうね。誰も本物を見たことがないのですから、背びれ尾びれどころかくちばしまで付きますよ』


 俺がいた時代でも昔ばなしとか、早口言葉には色濃く地域性が残ってたな。ちょっと違うかもしれないけど。


『じゃあ、吸血鬼の国ではナンバー2のポジションにいた人を殺さないと出られないって描かれてたのか?』

『さあ、それは本人に聞かないと分からないですね』


 その「本人」は、勝手に俺から拝借した血をふんだんに使い、『蝙蝠の擬制フレーダー・フィクション』でナンバー2を必死に探していた。このペースで行くと、俺が貧血になる日もそう遠くないのかもしれない。


 飛び交う蝙蝠こうもりをくぐり抜け、何とかネルシアに聞いてみると……。


「えぇ!? 最初にあった他人を殺さないと出られないって教えられてたんだけど!」


物騒な伝承を教えてくれた。心の会話でコシュアが『でしょう?』と言って小さくため息をついた。


「とにかく、この無限図書館を脱出するためにはこの本の解読をする必要があるそうだ! だからネルシアは早く蝙蝠たちをしまってくれ!」


 顔にバサバサと体当たりをかましてくる蝙蝠たちがたまらなくウザい。


「分かったよ。どうせあいつ、臭いないから見つかんないし」


 ネルシアはシュルシュルと蝙蝠を体に戻していく。便利な【特権】だな。




**




 その後、俺・コシュア・ネルシアは絨毯の上に置いた一冊の黒い本を囲んだ。皆の顔には少なからず緊張の色が出ている。


 俺が表紙に手をかけると、誰かもごくりと唾をのむ音がした。


「めくるぞ」


 ネルシアがコクリと頷いたのを見て、俺は表紙をめくった。俺達が解く暗号は一ページ目に記されてあった。


「なんだ……これ?」


 手書きのきれいなその文字は破綻はたんのない日本語でつづられていた。「何で日本語でやっていけているのか」という今更過ぎる疑問が一瞬湧いたが、そんなことはどうでもいい。問題は、読めるのに理解できない文章そのものだ。


 ≪見えざる扉はいつもあなたの傍に

 扉の鍵はいつもあなたの傍に

 鍵を鍵足らしめんとする鍵は、あなたの中に現れる


 私は今を満足している

 だけど私は今を退屈している

 これを読んでいるあなたが、私のところに辿り着くことを心から願っている≫

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