第23話 ようこそ無限図書館へ

 厳格な屋敷に仕えている若執事といったところだろうか。短く切り揃えられた黒髪が似合う端正な顔立ち。それでいて醸し出している雰囲気はどこか厳かなものがある。すらりと伸びた細い足と広い肩幅が紺のスーツによく映えていた。


「お前らにはこの本を解読してもらう」


 俺に手渡してきたのは、俺の口から出てきた黒い本。それほど大きくはないが、とても口に出し入れできる大きさでもない。



「……その前に説明することあるだろ」

「解読以上に必要な説明など存在しない」

「あるよ! 特に俺の体から出てきたこととか!!」

「あぁ、不本意ながらお前の体は良く馴染んだな。俺に譲ってくれるのか?」


 駄目だ。またもや話が通じないタイプの奴だ。この世界に来て最初からまともなやり取りしてくれたのヘレナとクロしかいないんじゃないか。


「話が噛み合ってねーんだよ! 俺は体から出てきた原理を聞いてんだよ!」

「お前はそんなことを疑問に思う必要はない。私が伝えに来たことに比べれば取るに足りないことだからな」


 自分の体から出てきた謎の男に疑問を持たない方がおかしいと思うのは俺だけなんでしょうか。


 そんな俺の心情を汲み取ることなく、ナンバー2と名乗る男は淡々と自分のペースで話を進めていく。


「この本を解読しろ」

「だから何でだよ」


 開口一番に馬鹿呼ばわりした奴に頼むものではないと思うが……。


 ナンバー2は「はあ……」と説明するのがめんどくさいといったようなため息をついた。


「お前たちは今、無限図書館に閉じ込められている――」


 大層な館名を話している途中で、ナンバー2は口をつぐんだ。何事だと辺り見回そうとした瞬間、視界の隅を一人の女性が凄まじい速度で駆けた。


「『血月けつげつ』」


 もう一度視線を前に向けた時には、体中を血で武装したネルシアがナンバー2の背後を取り、赤黒いナイフを振りかざしている最中だった。


「ちょっと待て!」


 俺の制止も虚しく、ネルシアは横一閃に振るう。人殺しだ――。そう思ったが、千切れ跳ぶはずだったナンバー2の首は、ネルシアの攻撃を受けても胴体と繋がっていた。


「あれ?」


 一番驚いているのは攻撃をした張本人だ。くるりとネルシアの方を向いたナンバー2を見てさらに驚く。


「なんでぇ!?」


 ナンバー2はいつの間にか俺から奪い返した黒い本の角を、ネルシアの側頭部にたたきつけた。


「いっっ! ……たぁ」


 ネルシアは力なく片膝をつく。見慣れない光景だ。闇闘技場でもここまでダメージを喰らっている姿は見たことがない。


 ナンバー2は殴った角を軽くこすり、再度俺に渡してきた。ナンバー2に攻撃が当たらなかったのも驚きだが、俺が一番驚いたのは、ネルシアが急に攻撃を仕掛けたことだ。ナンバー2は確かに腹が立つ物言いをするが、殺しにかかるほどでもないと思うけど……。


『無限図書館を知らないのですか?』

『むしろ何で俺が知っていると思ったんだ?』


 久しぶりにコシュアが心の会話を行う。


『無限図書館の恐ろしさは、どの国の子供も絵本で教え込まれるからです。まあ、義人さんは教養がないので仕方がないですけど』

『やかましいわ。……で、何が恐ろしいんだ?』

『図書館で悪事を働いた人が懲罰ちょうばつのために連れて行かれるところです。果てのない図書館で、脱出する方法は一つしかないと言われています』

『めちゃくちゃやべー所じゃん。なんだ? 脱出する方法は』

『それは――』


「解読する理由は、司書様に会う唯一の方法だからだ」

『その図書館の司書様に会うためです』


 ナンバー2とコシュアが、同じタイミングで同じ内容のことを告げた。

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