第15話 闇闘技場の変死体

「ウオオオオオオ!!!」


 闇闘技場に入った瞬間、爆音が辺りにとどろいた。最近、耳に負担をかけ過ぎている気がする。


 闘技場内は、一言でいうと相撲場みたいなつくりをしていた。金網の柵で囲われた巨大なリングが窪んだ形で中央に鎮座ちんざし、それを囲むように観客席が並んでいる。壁に沿った一番高い場所は立見席になっており、多くの人(ミノタウロス)がヤジを飛ばしている。


「それでは二手に分かれましょう」

「了解」


 受付から闘技場に行くまでの間に、クロが今回の殺人事件の詳細を教えてくれた。


 二週間ほど前から毎日現れる死体。流石の闇闘技場やみとうぎじょうといえど、重傷者は度々でても、死者がでることは滅多めったにないらしい。しかも、その死体は必ずのどと心臓が貫かれているとのこと。


 かなり早い段階から政府の手が介入しているようで、役人が五人ほど手分けして犯人捜はんにんさがしをしているのだが、いまだに犯人候補すら挙がらないという難事件だそうだ。


「考えれば考えるほど俺の出番ないよな、この事件」

「捕まえなくても、犯行現場を見つけて騒ぎ立てれば周りの人たちが加勢してくれるでしょう。血の気が多そうな人ばかりですし」


 俺の頭からひょっこりと顔を出すコシュア。観客がうるさいから心の会話が良かったのだが、たまにはのどを震わせないと美声が衰えるというコシュアのわけのわからん理由で口頭で話している。


「それに、あなたも魔力が見えるようになったから大丈夫ですよ」


 そう、俺は三日間の魔力増強修行により、魔力を視認することができるようになった。今までも特権のような大量の魔力を使う技の時はぼんやりと見えていた。それが、いまでは簡単な魔法でも魔力の流れがオーラのような形で確認できるのだ。


「でもさ、政府の役人が五人がかりでも捕まえられてないんだろ?」

「では、おとり作戦なんてのはどうですか?」

「それ、絶対俺が死ぬやつだろ」

聡明そうめいですね」

「コシュアに慣れただけだな」


 その時、観客席から一際大きい歓声がき上がった。


「ウオオオオオオ!!!」


 何事かと思ってリングの方を見ると、そこに居たのはいかつい角が生えた巨漢と、そいつに握りつぶされている最中のネルシアだった。


「ネルシア!」


 立見席から身を乗り出して叫ぶ。だが、その声は観客の歓声に掻き消されてしまった。


 ネルシアは苦しそうにもがいている。顔つきがどことなく幼くなっている気がするのは、恐らく血が足りていないんだろう。


「だめですよ。リングに行ったってあなたに出来ることは何もありません」

「血を分け与えることはできる! このままだと握りつぶされるぞ!!」


 体格差で見れば、すでに潰されていてもおかしくない。


「言ったでしょう。この世界の戦いは単純な力比べではありません」


 やけに冷静なコシュアがそう言うと同時に、首筋に鋭い痛みが走った。殺人犯かと思って振り返ると、そこにいたのは一匹の蝙蝠こうもり


「まさか……」

「そのまさかですよ。まあ、こういう戦いはリング外からの魔力供給は禁じられているので、見つかったらアウトですが」


「『蝙蝠フレーダー……擬制フィクション』!」



 ネルシアが息も絶え絶えに叫ぶと同時に、巨漢がネルシアを握り潰した。ただ、飛び散るのはネルシアの肉体ではなく、無数の蝙蝠こうもりたちだ。


「君の敗因は、勝利を確信して自惚うぬぼれたことだよ」


 巨漢の背後で凝縮ぎょうしゅくした蝙蝠こうもりたちが、みるみるうちに見慣れたスレンダーお姉さんへと形を変えていく。右手だけを蝙蝠こうもりの状態で残したまま、ネルシアはそいつらに特攻を命じた。背中に強い衝撃を受け、巨漢は膝から崩れ落ち、大きな音を立てて地面に突っ伏した。


 静まり返る観客。その後に雪崩れ込むように怒声や罵声がリングに向けられた。


「なんで怒ってんだろ? 冷や冷やしたけど、いい試合だったじゃん」

「賭け事でしょうね。恐らくネルシアの対戦相手がかなり強い人だったんでしょう」


 なるほど。巨漢が勝つと賭けた奴らにとって、ネルシアの勝利は自身の負けに直結するという事か。


 その後もダラダラとコシュアと喋りながら不審なやつを探し続けたが、その日は結局何の成果も得られないまま偵察ていさつが終わった。

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