第12話 520時間労働
「……」
「……」
取り残された俺と受付の女の子に、なんとも言えない空気が流れた。受付の女の子は感情のが読み取れない目で俺の方を見つめている。
「闇闘技場への参加料五百円が、ネルシアさんの未払い五十三回分、合計二万六千五百円になります」
「いや、あの……お金、ナイ」
ポケットの中身を外に出して何も持っていないアピール。異国に来た外人ばりにカタコトなってしまった。
すると、受付の女性は「はぁ~」とため息をついて、
「仕方ないわね。お金がないとなれば体で支払ってもらうわ」
と先ほどまでの形式ばった口調とはかけ離れたことを言い放った。公私を混同させないタイプのようだ。
「体で支払う……というのは?」
「バイトよバイト。ここで店番をしてもらうわ」
恐る恐る内容を聞いてみたのの、意外としょぼい仕事で助かった。二万六千円程度なら、時給八百円だとしても、三十時間で終わる計算になる。
……結構長くね?
お金の大切さを今一度体感している最中に、受付の女性がわけの分からないことを言い始めた。
「えーっと、時給五十円として……五百二十時間くらいで終わるわね」
「まてまてまてまて」
「なによ」
「いや、時給五十円って……ねぇ?」
最低賃金がどうのとかいう話ではない。
「嫌なの? 嫌なら他の方法もあるけど」
「是非そちらの方でよろしくお願いします……!」
流石にこの湿気臭い一本道に五百二十時間も居るのは耐えられない、だってあれだぞ、五百時間もあればやり込み要素のあるゲーム一本を満足のゆくまで遊べるんだぞ。
「ここで立ち話もなんだし、中に入ってきなよ」
受付の女性がそういうと同時に、壁だと思っていた所がドアのように開いた。そのドアから受付の中に入っていく。中は三畳分ほどの広さで、簡素なテーブル以外に余計なものは何一つない。背後の壁には剣や斧などが飾られていたが、
「あ、私の名前はヘレナよ。あなたは?」
「義人です」
「へー、あと、敬語はいらないよ。対等な関係だから」
最初は
「最近ね、闇闘技場にとある事件が起きてるの」
「へぇ。その内容は?」
恐らくネルシアが言っていたものと同じだろう。目的が変わらないのなら、ヘレナと共に行動できた方が楽かもしれない。
「毎日必ず一人が不審死しているんだ。その犯人を生け捕りにするって内容」
「無理に決まってんだろ!!」
どう考えても被害者になるとしか思えない。ネルシアは些細な事件と言っていたが、これのどこが些細なのだろうか。問い詰めてやりたいが、今はそれを出来る立場でもない。
「解決報酬は何と八百万円!」
「たっか!」
「政府依頼だからとんでもない額になってるんだよね。やる?」
「……」
どう考えても身の丈に合わない事件だ。だが、ここで五百時間も店番するくらいなら、犯人捜しをした方が手っ取り早い。見つけるだけ見つけて、捕まえるのはネルシアに任せるというのはどうだろうか。元々参加料に関してはネルシアの負債だし。
「受けようかな、その依頼」
パチンと指を鳴らしてヘレナがウインクをしてきた。街にでて売り子でもすればトップを狙える程には可愛いのに、なんでこんなところで働いているんだろうか。
「じゃ、さっそく闇闘技場に……と言いたいところだけど、君のその貧相な魔力じゃすぐに死んじゃうからトレーニングをしていこうか」
立ち上がったヘレナは、武器が飾られている壁の一部を引っ張った。すると、受付に入ってきたときと同じような扉がガチャリと開いた。
「ここが稽古場だよ」
案内されたのは受付よりもわずかに広い正方形の部屋だった。壁の材質は受付と同じだが、地面が舗装されておらず、土が丸出しだ。部屋の中央で、一人の黒髪の男の子が座禅を組んでこちらに背を向けている。
「クロ、挨拶しなさい」
クロと呼ばれた座禅の男の子はこちらを向いてペコリとお辞儀をした。
「初めまして。クロと言います」
「あ、どうも。義人です」
小学生高学年ほどの見た目だが、高校生の俺よりも礼儀はわきまえているようだ。
「義人に基礎的な戦い方を教えてあげて。闘技場で死なない程度の知識でいいよ」
「分かりました」
そうして、俺は自衛のための戦い方を学ぶことになった。
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