第11話 チヨちゃんは引っ込み思案

 夜が明け、朝一番に俺達は闇闘技場やみとうぎじょうへと向かった。ルートは当然の如く裏路地。買い物以外は全て裏路地で済ませている気がするのは気のせいだろうか。


 俺は首をさすりながらネルシアの後をついていく。


「どうしたんですか、寝違えたんですか?」


 コシュアが珍しく心配の声をかけてくれた。明日は空からやりが降ってくるかもしれない。


「いや、眠いんだ。変な夢見ちまってな」

「変な夢?」


 俺の数歩前を歩くネルシアが、振りむくことなく話に参加してきた。


「寝てる俺の腹の辺りから髪の長い女の人がヌル~と出てきてな。変な紙を口の中に押し込んでくる夢」


 完全に目が覚めて確認する時には、すでにその姿は影も形もない。ただ、口の中の圧迫感だけは妙にリアルだった。寝付くたびに全く同じ夢を繰り返し見ては夜中に起きる。それを一晩中続けていたせいで重度の寝不足におちいっていた。


「あぁ、チヨちゃんのことですか」

「知ってんの!?」


 コシュアがさも当たり前かのように話に理解を示してきた。夢じゃなかったのか。てか、チヨちゃんってなんだよ。何でそんな親しげな呼び方してんの?


「昨日寝てたら急に現れたのでびっくりしましたよ。ただ、義人よしとさんに手紙を飲ませたいだけで、私に害は与えないと言ってくれたので楽しくお話しました」

「俺への害が尋常じんじょうじゃないんだけど!?」


 自分勝手の極みなのかこいつは。


「結局あなたは死ななかったのですから、チヨちゃんのことは許してあげてください」

「どっちかって言うと俺はコシュアにキレてるんだけどな!」

「はいはい、着いたよ。闇闘技場」


 パンパンと手を叩いてネルシアが俺達の言い合いを止めた。だが、


「着いたって……どこに闘技場があるんだよ」


 辺りを見回しても、見慣れた裏路地の壁しかない。とても戦いが出来るほどのスペースが近くにあるとは思えないが……。


「こっちだよ」


 そういって、ネルシアは足元のこけが生えた鉄板を持ち上げた。見た目に反してスムーズに持ち上げられているが、鉄板が軽いのかお姉さんモードのネルシアが力持ちなのかは定かではない。


「おお!」


 持ち上げられた鉄板の下から現れたのは古ぼけた石段。その階段は地下へとつながっていて、奥の方は日の光が届かないのか、暗闇で満たされていた。


「さ、行くよ」


 躊躇ちゅうちょなく階段を降りて行ったネルシアの後に続く。暗闇の中、壁とネルシアの足音を頼りに三十段ほど下っていくと、階段は途切れて、目の前に一本道が続いていた。天井は百七十四cmの俺が手を伸ばして届くくらい。横幅は俺が手を伸ばせば両壁を同時にさわれるほど。壁には等間隔で火が灯されている親切設計だ。階段が不親切すぎたというのもあるが。


「ここを抜ければ念願の闘技場だよ」

「別に行きたいわけじゃないけど……」


 行かざるを得ないので行くという感じだ。

 一本道はじめじめとしていて、こけむしたにおいが鼻につく。


 特に会話もなく、二分程歩くと段々と灯されている火が大きくなっているのに気が付いた。


「もうすぐだ」


 ネルシアの声は狭い通路にこだまする。そして、その声に呼応するように、別の女性の声が聞こえてきた。


「お待ちください」

「何そのシステム……」


 ぺらりと壁をめくって現れたのは、一人の女性。学校の購買のような場所から顔をのぞかせている。壁の一部を切り抜いて、その穴を壁の模様をした布で覆ったような形になっていた。


「今日こそは受付をしてもらいますよ。ネルシアさん」


 受付の女性は、口調の割に快活そうな見た目をしていた。はっきりとした目鼻。ぷっくりとした厚い唇は不満で小さくとんがっており、綺麗に整えられた焦げ茶のボブカットからはたけ〇この里みたいな大きさの角が生えている。可愛い。


「義人、行こ」


 受付の女性に見惚みほれていると、ネルシアが袖を強めに引っ張ってきた。目線は闇闘技場入り口へと向けられているので、顔は良く見えない。


「でも、受付がまだなんだろ?」

「無視していいよ。受付なんて参加料取るだけだし」

「ちゃんと払えよ!」

「じゃ、私の分まではらっほいへ~」

 

 ネルシアは無断で俺の首筋に噛みついて血を吸った後、とんでもない速さで闘技場へと走って行ってしまった。


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