第10話 誤って住むからドギースは必要

「すいませんでしたぁぁぁ!!」


 ネルシア宅前に、ドギースの咆哮ほうこう遜色そんしょくない大きさの俺の謝罪が響く。夕日に照らされたお姉さんモードのネルシアが腕を組んで俺を見下ろしている。目に感情はない、いや、怒りを通り越して呆れと言ったところか。


 ネルシアが怒っている理由は単純明快。帰ってきたら自宅が半壊していたからだ。扉は消え去り通気性は抜群で、室内は空き巣がUターンするレベルで荒れている。玄関だった場所にぽつんと置かれていた宅配野菜の箱がもの悲しさを倍増させていた。


「……謝ってもこの家は直らないよ」

「すいませんでしたぁぁぁ!!!」


 壊したのは俺じゃないけれど。とりあえず気の済むまで謝り倒すのが吉とみた。


滑稽こっけいですね。針が刺さってない時が一番プライドがないなんて』

『……うるせーやい』


 頭の上に潜んでいるコシュアが、何かと便利な心の会話でからかってくる。


 結局、ドギース戦の後に、ニスの姿は見当たらなかった。針から守ってくれた時も急に現れたので、恐らく瞬間移動みたいなのを使ったんだと思う。多分、知らんけど。


 見晴らしと日当たりの良くなった裏路地では、探すところはそれほどない。ニス探しは早々に引き上げた。帰り際に、見慣れた湯飲みが視界の端に転がっていた。


 ニスが俺達を守ってくれた時に、俺が出したお茶を使った。元はといえばニスが注文したものだ。運命がどうのこうの言っていたが、本当に俺がドギースに攻撃されるのを予見していたんだろうか。


 …………。


 膝を曲げて湯飲みを拾い上げる。お茶は一滴も入っていなかったが、小さく折りたたまれた紙が入っていた。


 ゆっくりと開いていくと、綺麗な字がみえた。


「世界の理を視ることができる女性。彼女だけが君の、そして僕にとっての救済を示してくれる」


 何を伝えたいのかよくわからない。世界の理を視るとかいう厨二病ちゅうにびょう臭い能力を持つ彼女に会ってこい、ということだろうか。


「ま、俺には関係ないけど」


 俺はその手紙をクシャクシャに丸めて、ポケットにしまい込んだ。本当はポイ捨てしたかったが、ドギースのせいで変にきれいになってしまった裏路地にゴミを捨てるのは、すこしばかり気が引けた。


 これ以上こんな戦闘に巻き込まれていては、命がいくつあっても足りない。暴力反対。この血なまぐさい世界にガンジーの精神を布教していきたいと思います。


 そうして、針まみれのドギースを放置してネルシア宅に帰ると、ご立腹のネルシアと、夕日に照らされた野菜ボックスが俺達を出迎えてくれたというわけだ。


「修理費用がどれだけかかると思っているの?」

「分からない……けどさ、ここってネルシアの家じゃないんだろ?」

「……居住者がいないと家はすぐダメになるんだよ」


 ネルシアは急にバツが悪そうにそっぽを向いた。本当にネルシアの家じゃなかったのかよ。少しだけドギースに悪いことをしたなと思う。すこしだけ。


「とりあえず!! 私たちは今お金が必要です! そこでね、義人にも働いてもらおうと思います」


 ネルシアが強引に話を切り替える。


「明日から、義人にはとある事件の解決をお願いするよ」

「事件?」

「そう。私が日々戦って賞金をもらっている闇闘技場やみとうぎじょうがあるでしょ?」

「あるな。行ったことはないけど」

「そこで最近不可解な事件が起きているんだ」

「嫌な予感しかしないんだけど……」


 殺人事件の犯人探しとかだったら被害者になる未来しか想像できない。


「大丈夫、些細ささいな事件だからさ」

「それならいいんだけどさ……」


 ネルシアは右手でグッドマークを作って「決まりだね!」とほほ笑んだ。半ば強制的な気もするが、これでネルシアの機嫌が直るなら仕方がない。


 話し合いを終えた後、疲労困憊ひろうこんばいの俺達は夜ご飯を食べることなく、半壊のネルシア宅で睡眠をとった。

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