第9話 平等の女神
針で埋め尽くされていた視界が一瞬で緑色に染まる。針はその緑色の薄い膜にパチュパチュと刺さって滞空している。
「やあ、久しぶり」
タンクトップを身にまとった、ボサボサ銀髪頭の少年が片手をあげて近づいてくる。足元を見ていないせいで、瓦礫に
「ニス! 助けてくれたのか?」
「もちろん。僕はこうなることを知っていたからね」
「それなら事前に教えてくれよ! そしたらすぐにあの家から逃げたのにさぁ」
「僕だって又聞きだからね」
ニスはへらへらと笑って、いつの間にか手に持っていた湯飲みを頭上にやった。それに呼応するように、俺達を守ってくれた緑の膜は、うねりをあげて回転を始めた。そのまま細い竜巻のような姿になり、湯飲みの中に吸い込まれるように入って行く。最後の一滴がチャポンと音を立てて入るころには、湯飲みの中は俺が入れた時と同じ量のお茶で満たされていた。
「それも……特権ってやつなのか?」
「違うよ。これは水の中級魔法。特権は別にある」
「中級とはあんのか……」
「……っん。初級の無印と中級のリム、上級のハーレと三段階に分かれてる」
ニスがお茶を一気飲みした後に、三本指を動かして軽く説明を加える。ざっくりとしているが、これぐらいが今の俺にはちょうどいい。
「……俺の
瓦礫の山の
「僕も正直驚いたよ。特権でこの威力か……って」
ニスはドギースの特権を鼻で笑った。火種を投げ込まれた火薬庫が爆発するのには一秒も要らなかった。
「まぐれで止めただけの雑魚がよぉぉぉ!!!」
もう何度聞いたか分からないドギースの
「敵はあいつ一人かい?」
「そうだよ! 早くさっきの緑の膜を作ってくれよ!」
多分、ドギースは力を貯めている。次はニスに止められないように、ニスもろとも串刺しにするために。あの針から身を守るためにはあの膜を作らなければならない。それなのに、ニスは首を横に振って湯飲みをひっくり返した。数滴のお茶が瓦礫の間に消える。
『彼の中級魔法はお茶を媒介に強力な力を得ていました。先ほど飲み干してしまったため、恐らくあのお茶の膜は作れません』
『解説助かる』
『お礼はクッキー三枚でいいですよ』
『未払い家賃と
今はこんなのんきなこと言ってる場合じゃない。膜がないと防げなくて、膜を作るにはお茶が足りない。万事休すか……?
「そもそも……何でお茶飲んだんだ」
「喉乾いてたから」
「優先度おかしくね!?」
何で戦闘に必要な道具を喉を潤す目的で使ってんだよ。
「雑魚がよぉぉぉ!!!」
力を充填できたのか、ドギースは針を思いっきり
「ニス! 何とかしてくれ!!」
俺の力じゃどうしようもできない。瓦礫の裏に隠れても、瓦礫ごと吹き飛ばされるのがオチだろう。
「いいよ。特別に見せてあげる」
ニスは手の甲をくっつけて、胸元でバツ印を作る。ドギースの時のように、一瞬だけその周辺の空間が歪んで見えた気がした。
「『
ニスが何かを唱えた直後、周囲の瓦礫に針が不快な音を立ててぶつかった。爆風と砂埃が周囲を埋め尽くす。凄まじい衝撃に見舞われると思っていたが、不思議なことに振動は何も伝わってこなかった。柔らかな温もりに包まれながら、事が終わるのを待つ。
すると、次第に視界が晴れた。
「……ニス?」
瓦礫の山とニスはいつの間にか消え去っていた。瓦礫の山は針に吹き飛ばされたとしても、ニスの姿がないのはおかしい。
「すごいですね」
コシュアの目線の先にいるのは、ハリネズミのように針が体中に刺さっているドギース。
時折ビクッビクッと動くそれに恐る恐る近づいてみる。すると、ドギースは小さい声で
「すいません……。雑魚ですいません……」
と呟いていた。
「針って自分にも効果あったのか」
一本が軽く刺さっただけだと数秒で回復するが、これだけたくさん刺さっていたら当分正常に戻ることはないだろう。
くるりと後ろを向くと、そこは綺麗な平地と、その先に瓦礫が刺さってボロボロになった壁だった。
それなのに、ニスはその攻撃から俺達を守るだけでなく、反撃までしていた。
「特権……俺も習得する必要があるな」
少なくとも、自衛のために。
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