第8話 引きこもり単細胞ドブネズミ

「助かった……のか?」


 ドギースの針によってえぐられた通路の両壁……すなわち隣接する二つの建物が俺をすりつぶすように降りかかってきた。普通ならば死んでも自分の不幸を呪えないクラスの即死イベントのはずだ。しかし、俺はなぜか瓦礫がれき瓦礫がれきの隙間で生き延びていた。


「いや、すりつぶされて虫のえさにでもなった方が良かったな。俺、ドブネズミだし」

「はいはい、今回も針はそれほど深く刺さってないので大丈夫ですよ。……ドブネズミなのは否定はしませんけど」


 二回目にして既にネガティブな俺の対処が完璧なコシュアが、背中に刺さっていた針を抜いてくれた。なんだかんだいって優しいんだよな。流石にドブネズミは否定してほしかったけど。


「なんなんだろうな、この針。魔法の一種か?」

「いえ、さっきも言いましたが、これは特権ですね」


 コシュアはひゅんひゅんと針を振り回している。


「それって魔法と何が違うんだ?」

「特権は魔法の上位種みたいな感じですね。魔法は努力次第で誰でも使えるようになりますが、特権はその人固有のものです」

「なるほどね」


 分かった風にうなずいてみたが、正直なところあんまり理解はできていない。魔法ですら謎のまま放置しているのに、その上位種とか言われてもって感じだ。


「特権は俺も使えるのか?」

 

 興味本位で聞いてみたが、内心それほど期待はしていない。この手の類は第一段階まほうをマスターしてからようやく使えるというのがセオリーだからだ。


「使えますよ」

「まじで!?」


 驚きのあまり、コシュアを掴んで強く揺さぶってしまった。


「痛いです! 魔法の時と一緒な反応してますよ。学習能力が無いんですか、もう!」

「ごめん、潰されるべきなのは俺のほうだよな。俺、単細胞生物だし」

「……この針めんどくさいですね。捨てておきましょうか。まあ、単細胞生物なのは否定はしませんけど」

「否定してくれよ……」


 コシュアを掴んだ瞬間にコシュアが持っていた針が手に刺さってしまった。コシュアは針を瓦礫の隙間に投げた。カラコロと小さな音が鳴ってすぐに見えなくなった。


「それで、特権についてですが……」

「さっさと出て来いよこの引きこもり野郎が……引きこもり野郎がぁぁぁ!!!」


 コシュアが話を戻そうとしたと同時に、ドギースの罵声ばせいと瓦礫が弾ける音がそれをかき消した。地面が揺れるような衝撃で、俺達がいる瓦礫の隙間も狭まった。


「コシュア……針が刺さってないのに、なぜかネガティブな気持ちが溢れて来たぞ。あいつの新技かもしれん」

「単純にあなたが引きこもり野郎なだけですね」

「……否定できないな」


 そんなやりとりをしている間も、ドギースは瓦礫の山に針を放ち続けていた。しかも、大体の見当はついているようで、段々と音が近づいている気がする。これはまずいと思って隙間から覗いてみると、ドギースと目が合った。合ってしまった。


「そこにいたのかこのど腐れゴミカスが……ど腐れゴミカスがぁぁぁ!!!」

「うわああぁぁぁっっ!!」


 語彙力ごいりょくが乏しいのか、とうとう小学生並になってしまった罵倒ばとうだが、威力は恐らく一番高い。無数の針が迫りくる光景は、自分に向けられたものでなければ圧巻だっただろう。


 見渡す限り針、針、針、針、針、湯飲み、針。どこにも逃げる場所がない。


 ……湯飲み?


「『アクエス・リム』」


 その瞬間、針まみれの世界に緑色の膜が生まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る