第7話 さようなら俺の平穏
「でてこいや……でてこいやぁぁ!!」
暴れまわるおじさん。立派な角が生えている、二メートルを超える体躯を持つ巨漢だ。
俺はキッチンで、扉の覗き穴越しに暴れ散らかしているその男を見た。吹き飛ばされた扉と俺。暴れたいのはこっちの方だが、今見つかったら殺される気しかしないので、おとなしく扉の後ろに隠れていることにした。
『この世には頭がおかしい人しかいないんですかね』
『……』
『自分から心の会話を開きたい時は、言いたいことを念じるだけでいいんですよ』
『……なんで俺の考えてることがばれてんだ』
『意図的に隠さない限り、心の声は全部共有されますから』
最低なシステムだ。プライバシーの欠片もない。
『で、どうすればいいと思う? この状況』
『逃げの一択でしょうね』
『だよなぁ』
逃げ道としては勝手口だろうか。どうにかしてバレないように辿り着きたいが、そこまでの道のりに
そう思って、扉から離れて一息に勝手口へと向走った。距離にしておよそ5メートル。暴れて我を失っているのか、たどり着くまでばれた様子は無かった。
「出れた!」
日当たりの悪い裏路地に転がりでた俺は、小さくガッツポーズ。しかし、その喜びは勝手口の扉と共に吹き飛んで行った。
「このドギース様の家を勝手に使ってるってやつはてめえか……てめえかぁぁぁ!!?」
「うおおおっっ!?」
自らをドギースと名乗る頭のおかしいおじさんが、通気性抜群になった勝手口で仁王立ちしている。てか、あの家ってネルシアの家じゃないの? ネルシアが空き家に勝手に住んでたってことなのか?
とりあえず、今は冷静に話し合える感じでもないので、全力で逃げることにした。通路の広さは裏通り界では大通りに分類されるぐらい。長い一本道に
つい一週間前に行った、路地裏での逃走劇が再び始まる。
始まるはず……だったんだけども。
「……おかしいですね」
「何がだよ!」
全力で走っている俺の頭の上でのんびりと過ごしているコシュアがポツリ。
「追ってきませんよ。あの人」
「え?」
そんな馬鹿なと振り返ってみると、本当にその男は勝手口で仁王立ちしたままだった。かといって、目は怒りに満ちているので、諦めたわけでもなさそうだ。
「待ってればいつか家に戻ってくるとか思ってんのか……?」
確かに俺は行く当てがないので、あの家に戻る必要はある。ただ、ネルシアが帰ってくるのを待って、血を分けてあげればこっちの勝利は確実だ。
足を止めてドギースの方を注視していると、左手でさすっている彼の喉元の辺りが歪んだ感じがした。
「『
聞きなれない単語が、やけに静かな裏路地に響く。二十メートル近く距離が開いているにも関わらず、頭の中にヤバいという言葉が駆け巡る。背中に嫌な汗が伝った。
「小道に逃げてください」
「やっぱりなんかヤバいよな!?」
「いいから早く!」
コシュアが珍しく声を荒げた、その時だった。
「逃げんじゃねえよ社会の
「……ッッ!!」
一瞬の戸惑いも許されない中、緊急コシュア速報のおかげもあって、間一髪小道に飛び込めた。人一人がやっと通れるほどの狭い通路だ。
「大丈夫ですか?」
「あぁ。音ゲーで鍛えられた瞬発力が活きたかも知れ……痛い」
「あー、まあ軽傷そうで良かったですね」
コシュアは柄にもなく安堵した様子だ。俺なんかの安否を大切に思ってくれている。
「いや、本当は首に刺さって死んだ方が良かったんだよ。俺、社会の
「……? 否定はしませんが、急にどうしたんですか?」
「否定しろよ! ……あれ?」
何だ……? 自分でも
「あの人の特権の効果……ですかね」
「特権?」
ニスがなんか言っていた気がしなくもないが、よく覚えてない。何とか思い出そうとしていると、視界が急に薄暗くなった。
「消し炭になったかと思って冷や冷やしたぞ……冷や冷やしたぞぉぉぉ!!!」
「くっそ……!」
思いがけず距離を詰められた。だが、あの巨漢ではこの狭い通路は通れまい。もたついて他の道を探しているうちに逃げる!
「ちょこまかと逃げやがってこのドブネズミが……ドブネズミがぁぁぁ!!!」
「うおおおっ!?」
ドギースが放った
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