第6話 礼儀正しい不法侵入

「僕の名前はニスです」

「……なんで勝手に家の中に入って来てるんだ?」

「親はいません。私が生まれてすぐに母が自殺して、父も私が3歳の頃に亡くなりました」

「……話聞いてる?」

「嫌いな言葉は弱肉強食です。誰だって最初から強い人はいませんし」

「……聞いてないよね?」

「聞いてますよ? あ、ハーブティーを一つお願いします」

「余計にたち悪いわ! それにここは喫茶店じゃねぇよ!」


 勝手に家の中に入って来て、勝手にネルシアの椅子に座ってお茶を要求。


 これはあれだ。礼儀正しい不法侵入だ。


 このまま話を続けても追い出すのは困難だと感じたため、てきとうに話を合わせて自主的に帰ってもらう作戦で行こう。棚にあった得体のしれない茶葉でお茶を作って、ニスの前におく。


 ニスは「ありがとうございます」とだけ言って、お茶には手をつける様子は無かった。なんなんだこいつ、マジで。


「それでは、僕がこの家に来た理由を話しましょう」

「できれば玄関の段階で聞きたかったな」

「そう言わないでください」


 ニスは困り顔で俺をたしなめてくる。困り顔をしたいのは間違いなく俺の方だが、話が逸れると厄介なので、なんとか悪態は堪えた。偉いぞ、俺。


 コップの側面を触りつつ、ニスはわけのわからない話を続けた。


「私が来た理由。それは、あなたに運命を伝えるためです」

「……はい?」

「運命ですよ。これからのあなたが達成しなくてはならないことです」

「しなくてはならないこと……?」

「はい」


 特に説明を加えるでもなく、ニスはただにこやかに頷く。要領を得ない話に苛立ちが募っていく。


「何が言いたいんだよ」

「聞きたいですか?」

「ニスが言い出したんだよね!?」

「そうですが、自分の運命を知りたくないって言う人も結構いるので」

「大丈夫だよ」


 言外に「信じていないから」という意味を孕んで。


「そう言ってもらえて良かったです」


 ニスはコップから指を離し、神妙な顔になった。決して威圧的な雰囲気ではないが、一瞬で部屋の空気が張りつめる。帰ってくれないかな、まじで。


「あなたはこのミノタウロスの国の皇帝、ゼクロニスタを倒さなくてはなりません」

「そうか」

「……信じてなさそうですね」

「信じてないからな」


 俺はお茶をズズッと大きく一口。正直頭のどこかでそんな感じのこと言われるんじゃないのかなとは思ってた。でも、いざ口に出されると脈絡がなさ過ぎて返事に困る。


「残念ながら俺は救世主とか、王子様の隠し子とかじゃないぞ」

「知っています」

「じゃあ何でだよ。ここがミノタウロスの国ってことも初めて知ったんだけど」


 ニスはお茶を飲むことなく、側面をで続けている。


「それが世界の望む姿だからです」


 まずい。意味が分からない。頭おかしいんじゃないのとは思ってたけど、もしかしたら本格的にいかれているのかもしれない。


「この世界には3つの能力があります。一つは魔法、二つは特性、三つは特権」


 また話が変わった。だめだ。お引き取り願うしかない。


「すまないが。帰ってくれないか」

「いいのですか?」


 ニスは小さく首を横に倒して不思議そうな顔をする。何一つ話がかみ合っている気がしない。


戯言ざれごとに付き合っている暇は無いんだ。帰ってくれ」


 心の会話でコシュアがポツリと『どーせこの後だらだらするくせに』と呟いてきた。正論過ぎてぐうの音もでない。


「仕方ないですね。あなたには嫌われたくありませんし。お暇しましょうか」


 ニスが椅子から立ち上がり、扉の方へ向かう。随分とあっさり帰ってくれるようだ。正直もっとごねると思っていた。


 しかし、そう簡単に事が運ぶはずもなかった。ニスは扉に手をかけてピタリと止まった。何事だろうかと思って黙ってみていると、ドスのきいた声で一言、


「お前は戦う運命にある。逆に言うと、戦わない世界にお前はいない」


 その次には、ニスは煙のように消え去っていた。ずっとニスの方を見ていたはずなのに、扉を開けて、外に出ていった姿が見えなかった。忽然と姿を消したのだ。


「……わけわかんねぇな」


 急に家の中に入ってきて、運命だのなんだの言いたい放題した後に煙のように消える。本当に何がしたかったんだろうか。


「でも、あの人相当強いですよ」

 

 コシュアが俺の頭からひょっこりと顔を出して一言。


「そうか? 最後は気迫あったけど、殴り合いなら俺の方が強そうだぞ」

「この世界の戦いは、単純な力比べじゃありませんから」


 それもそうだ。魔法のある世界で拳をぶつけ合う戦いなんて中々起きないだろう。


 俺はお茶のおかわりを入れるために立ち上がった。何の茶葉なのかは分からないが程よい苦みが癖になる。


 コンコン。


 扉を叩く音が響く。今日は来客が多いなと思いつつ、お茶を作る手を一旦止めた。次こそは宅配サービスだろうと思って、扉に手を伸ばす。その時だった。


 押戸の扉は扇形の軌道を描くことなく、向きはそのままで俺の方にすさまじい勢いで直進してきた。


「へぶっ!!」

「俺の家を勝手に使ってる糞野郎はどこだ……どこだぁぁぁ!!」


 ……今日は来客が多いなぁ。

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