第5話 心の会話
「自分で使った食器ぐらい片付けろよ……」
二人分の食器をせっせと運びながら、ポツリとぼやく。誰に発したでもないその言葉は、本来ならば蒸し暑い空気の中に溶けて消えるはずだった。だったのだけれども。
「本当にあの人は落ち着きのない人ですね」
手のひらサイズの妖精――――コシュアは俺の前頭部に肩肘をついて、ため息交じりにそう呟いた。
「逆にお前は怠惰が過ぎるけどな」
「時代は在宅勤務ですよ」
「いつから俺の頭はお前の家になったんだよ」
「あなたがあんころ餅を食べた時からですね~」
コシュアは背中に生えた小ぶりな羽をひらひらと揺らす。一週間生活を共にして分かったのだが、これは俺を
頭を振って気分を切り替え、皿洗いの作業に移る。振り落とされそうになったコシュアがポコポコと頭を殴っているが、頭皮マッサージと大差ない。
「んでさ、あの汚いあんころ餅は何だったんだよ?」
あんころ餅を食べた途端に謎の言葉が頭に浮かび、それを唱えるだけで魔法を打てた。ものすごく地味な能力だったけど、十七年生きてきた中で初めての経験だ。
「あのあんころ餅は契約を結ぶためのものです」
「契約?」
「そうです。あなたと私が精神を共有するという旨の」
「なんじゃそりゃ!? 契約書だせや!」
何でこんな憎たらしい妖精と精神を共有せにゃならんのだ。……てか、なんだよ。精神を共有するって。
「契約書はあなたが読まずに食べちゃったんじゃないですか」
「食べるわけ……ない、だろ」
そう言いながらも、思い当たる節が一つだけ頭の中に浮かんでしまった。あんころ餅の中だ。食べた時に紙くずの食感があった気がしないでもない。
「辻占かよ!」
「つじうら……? まあ、あれを食べた時点で契約は確定していますので。今更どうすることもできません」
ひどい。手口が陰湿な悪徳業者と大差ないぞ、これ。
「そんなに悲しそうにしないで下さい。この天才妖精コシュア様と契約を結べるのはとてもありがたいことなんですよ?」
「今のところ天才の欠片も見えないけど」
「まず、『心の会話』を行なうことができます」
都合の悪い話は耳に入らないらしい。これは話を合わせた方が早そうだ。
「なんだよ、心の会話って」
「簡単に言うと、テレパシーみたいなものです。言語を介さずに意思疎通ができます」
そういうと、コシュアは手で自分の口をふさいだ。
『こんな風に』
さっきまで耳を通して聞こえていたコシュアの声が、頭の中に直接流れ込んできた感じがした。例えるならば、ASMRのバイノーラル音声をさらに進化させたみたいな、そんな感じ。
「需要ありそうでなさそうだな」
複数人と出来るならまだしも、ずっと俺の頭に引きこもっている妖精とテレパシーを使う必要性が感じられない。
「例えば、猿ぐつわされたときでも私とお話ができます」
「用途が限定的すぎるんだけど……」
何の生産性もない話がだらだらと続く。その間に片手間にやっていた皿洗いが終わってしまった。手についた水を振り払うと、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。ネルシアなら壊す勢いで扉を蹴って入ってくるので、恐らく宅配サービスの人だろう。
そう思って扉を開けると、そこにいたのは、ヨレヨレのタンクトップを着た薄汚い少年。
宅配アルバイトの子かな? と思ったが、見たところ手ぶらだ。ボサボサのくすんだ銀髪から覇気のない目がのぞく。誰なのだろうかと固まっていると、不意に少年が右手を小さくあげ、フランクな笑顔を添えて一言。
「やあ、久しぶり」
「いや……誰?」
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