第4話 同棲は専業主夫の始まり
「いやー、今日も
良く晴れた日の昼下がり。建付けの悪い玄関の扉を、勢い良く開けて部屋に入ってきたのは、スレンダーなお姉さん。
俺はスープを皿によそう手を止めて、恐る恐る問いかける。
「……ちゃんと手加減したんだろうな?」
「もちろん。今回の
「後遺症残してる時点で手加減出来てねーよ! 力の制御が出来ないんなら、明日の血は抜きだ!」
「そ、そんなぁ!? 今日の分も残ってないのに!」
食器を机に並べている俺に、お姉さんが涙目になって訴えてくる。このやり取りは昨日も一昨日もしたので、無視して食事の準備を続けた。全ての食材を盛り付け終わったころに、チラリと見ると、スレンダーなお姉さん姿はどこへやら。そこには泣きべそをかいたピンク髪の少女がいた。
「食事の準備、出来たぞ」
脇の下に手を入れ持ち上げる。重さを感じさせない華奢な体をそのまま椅子に座らせるまで、少女は微動だにしなかった。どれだけ拗ねていても、食事に関することだけはいつだって従順だ。
この少女――――元スレンダーなお姉さんの名前はネルシア。一週間前に裏路地で俺を殺そうとしてきた危険人物である。
なぜ、こんな状況になったのかというのは、単に俺とネルシアの利害関係が一致したからに過ぎなかった。
一週間前、裏路地で羽交い絞めにされて身動きが取れなくなったネルシアは、早々に交渉を求めてきた。コシュア曰く、ネルシアに反撃するだけの力は残っていないとのことだったので、地面に下ろして交渉の内容を聞いた。
「ねぇ。おにーさんはさ。宿とか探してない?」
「……探してるな」
このままだと野宿は避けられないだろう。
「やっぱり? じゃあさ、私の家においでよ。食事付きで泊まらせてあげる」
「やだよ。寝首を
「そんなことしないよ~。だっていつでも殺れるもん」
「本当にコイツ解放しても良かったのか!?」
ネルシアを指さしてコシュアの判断に異を唱えたが、コシュアは「大丈夫ですよ。多分」と言って頷いただけだった。
……「多分」じゃダメなんだよなぁ。
「それで? どうするの? 今から三十秒以内に回答したら、ゴワゴワの毛布もついてくるけど」
「そこは嘘でもふかふかのベッドであってくれよ……」
「じゃあ、ふかふかのベッドがついてくるよ」
「嘘だろ」
「うん」
そんなこんなで俺はネルシアの家に泊まり込むことになった。木造づくりの日当たりの悪い小さな家だが、二人で住む分には十分だ。俺のベッドはないけど。
だが、もちろんタダで住まわせてもらっているわけではない。家賃の代わりとして、毎日十mlの血液をネルシアに飲ませている。
目の前でスープをスプーンで必死に
そんな持ちつ持たれつの関係のまま、だらだらと過ごして一週間が経ったが、この世界はやはりどこかおかしかった。
街ゆく人は皆、形は違えど頭に二本の角が生えているし、日常生活の要所要所では魔法らしきものが当たり前のように使われている。
俺にとっての非日常が、日常的に行われている世界。
当の俺は……その世界に恐ろしいほど順応していた。
というのも、生活基盤は俺の知る世界となんら変わらないので、魔法をほとんど使えない俺でも特に困ることはないのだ。図書館で本を読むこともできるし、市場で野菜を買うこともできる。さらには宅配サービスなんてのもやっていて、昨日注文した野菜がもうすぐ届くはずだ。
「ん! おいしかった!」
満面の笑みで完食を告げるちびっ子ネルシア。その無邪気な笑顔に免じて、少しだけ血を分けてあげることにした。
「え? いいの!?」
差し出された俺の腕を凝視して、よだれを垂らしている。血液の
「いいよ。たしかこの後用事があるんだろ? 途中で
「やったぁ! はひはほう!」
「噛みながら喋るなよ! 割と痛いんだぞ」
あっという間に約束の十mlを補給して、お姉さんモードになったネルシアは、食器も片づけずに外へ飛び出していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます