第3話 はじめてのまほう

「やってみるか……」


 よろよろと立ち上がって砂埃すなぼこりを払う。思い付きの方法は、仮定の部分が多すぎて成功するかは未知数だ。だけど、やってみないと成功もクソもない。


「お、やっと起きてくれたね」


 少女の周りに群れる蝙蝠がうごめきだす。薄気味悪いそいつらは、音もなく羽ばたいている。


「あぁ、行くぜ」


 再度、少女に向かって走り出す。それを見て、少女は右手を前に突き出した。蝙蝠たちを動かす合図だ。


「手ぶらで向かって来るなんて、お兄ちゃんもしかしなくてもドМ?」

「んなわけあるか!」


 もう二度と殴られるのは御免ごめんだ。痛いの大嫌い。だから俺は、走り始めてすぐに足を止めた。そして、自分の首筋に触れる。


蝙蝠こうもりども! 人間の血だ!!」


 首筋に刺さっていた少女のきばを抜く。ぴゅーっと血が噴き出して、すぐに地面に血だまりができた。


「あぁ!? もったいない!」


 少女の悲痛な叫び声が響く。俺は再度牙で血を止め、走り出した。


「いけ!」


 腹を立てた少女の命令を聞いて、蝙蝠たちが俺に向かって動き出す。だが、その列は先ほどのように統制が取れたものではなかった。我先にと、自分勝手に飛び回り、その群れは俺を無視して血だまりの方に伸びていった。


「なっ……!」


 俺と少女の距離はぐんぐんと近くなっていく。


「戻ってきなさい!」


 少女の周りに、蝙蝠は一匹もいなかった。全ての蝙蝠が俺の血だまりに群がっている。彼女が蝙蝠に気を取られている隙に、脇を抜けてあんころ餅に向かった。


 あと数メートル。ここまで来たらもう俺の勝ちだ。


 そう思った矢先、少女が俺の方に振り返った。命令を全く聞かない蝙蝠たちに見切りをつけて、直接仕留めに来たのだ。


「くっそ……!」


 間に合え! ヘッドスライディングのように飛び込んで、あんころ餅をキャッチ。


 2回前転を繰り返して勢いを殺し、手の中にある薄汚れたあんころ餅を確認する。


 俺、こんなもののために命張ったのかぁ……。


 一瞬食べるのを躊躇ためらったが、迫りくる少女の気迫に押されて、渋々飲み込んだ。埃や紙くずがふんだんにトッピングされた最低の食べ物?だ。


「おめでとうございます。時間がないので叫んでください」

「何をだよ!?」


 いつの間にか頭の横を漂っているコシュア。怒り心頭なご様子な少女はもう目と鼻の先だ。一瞬の無駄さえ許されない。


「叫ぶ内容は既に頭の中に浮かんでるはずです!」


 そんなわけねぇだろ! とツッコみかけたが、あら不思議。本当に頭の中に謎の呪文が浮かんでいた。なんで浮かんでいるかは考える時間はない。鈍器は現在進行形で頭部めがけて振り下ろされている。手を少女の方に突き出して、思いっきりその呪文を叫ぶ。


「『ウェルク』‼」

「なっ……!」


 眼前に迫っていた少女は、それを叫んだ途端とたんに動きをピタリと止めた。ついでに俺も事態が飲み込めずに固まった。え? 何で? 魔法って手から炎とか氷とか出るんじゃないの?


「何で、私が……?」


 立ちすくんでこちらを見ている少女も、何やらわけのわからないことを呟いている。


「ウェルク、基礎魔法の幻惑に位置するものですね。今回は術者のあなたが能力を指定しなかったので、ランダム選ばれた視覚共有が働いているみたいです」


 解説係のコシュアがポツリ。専門用語ましましで理解が追いつかない。


「要するに、あなたの視界が彼女に共有されているってことです。動揺しているうちに取り押さえておきましょう」


 …………。


「よっしゃ! 俺の勝ちだあああああ‼」


 柊義人、十七歳。裏路地にて年端としはも行かない少女を背後から羽交い絞めにして、高らかに勝利宣言をした。

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