どちらかの私1
顔にビシャっと跳ねた血の意味を想うより先に、私は私に向けて前のめりに倒れた彼女の体を抱きとめていた。
重たい。
鉄の匂いが充満する。
「……ッ……」
呼吸が詰まる声。
お腹を撃ち抜かれた彼女の体が、崩れ落ちて。
肩に腕を回して、なんとか支えて、その頬に手を添える。
なぜだろう。
声も出ない。
真っ赤な血が嘘みたいに大量に流れ出して、雪面を赤く染める。染み込んで停滞することなく、浴槽を流れるように不自然に広がっていく。
撃たれた彼女は……私を見上げるよりも先に、自分を撃った相手のことを見ていた。
だから、私も同じ方を見た。
雪原に一人、ムラサキと一緒にいたはずの私が立っている。カタカタと腕を震わせて、4メートルくらい先で銃を構えている。
私は、待った。
自分が撃たれるのを?
わからないけれど、きっと彼女の言葉を待った。
不安定に銃を構えたまま、震える喉から声がこぼれる。
「ごめん……な……さい」
ごめん?
「ごめんって、なに?」
私は聞いた。
答えはない。
「ねえ、ごめんって?」
沈黙。
私は、私と目を合わせた。私に銃を向けている私じゃなくて、撃たれた方の、私が腕で抱えている方の私と。
震えている瞳。
だけど意思は伝わっている。
私は、私だ。
私は片手に持っていた銃を構えて、迷うことなく引き金に指をかけた。
「うわあっと、すす、ストップうう!!!」
突然男の子みたいに変な声を上げて、向こうの私が体を庇った。
「待った待った!! 撃つな、撃たないで!!」
私らしくない私の声と重なって聞こえたのは、春風みたいに無遠慮な少年の声。
ズルっと私たちの間の地面が割れて、下から花びらが吹き出した。新芽が生えるようになめらかに、白い花の妖精が現れる。体は薄緑で、昆虫のような目を光らせている、ゾッとするほど美しい少年の化け物。
「ムラサキ」
私は呟いた。
寒さに肩を抱いていたムラサキは異様に大きな瞳で私の顔を見つめ、諦めたようにため息をつく。「ああ……なに、お姉さん、僕のこと知ってる子?」
「……うん」
「そりゃそうか、5分の2だもんなあ。クソっ……記憶まで同じで見分けなんかつくかよ……まま、とにかく銃を下ろしてよチサトちゃん。昔のことは忘れて話をしよう、ね?」
「…………」
「参ったなあ……」ムラサキはバツが悪そうに頭をかきながら、ヒョイっと3人目の私の裏へと隠れた。「でもさあ、これも仕方のないことだと思うんだ。僕はただ自分の女と子どもを守ろうとしただけで、そのためには僕は結局君たちを殺すしかなかった。下手な演技は謝るけど、でもそれだけ僕も必死だったんだよ。わかるでしょ?」
私じゃない私を盾にしながら、わざとらしく表情をくるくるさせるムラサキのことを、私はほとんど見ていなかった。
ムラサキの前には、操り人形のように生気のない、薄桃色のワンピースを着せられている私がいる。その右脚が不自然に緑色というか、植物を編んで作ったような偽物だということに私は気がついた。
しばらく私の顔を探るように見つめていたムラサキが、視線に気がつく。「ああ、この脚? 待って、これ僕のせいだと思ってる?」しゃがみこんで、スカートから覗く蔦のような脚に手を這わせる。「冗談じゃないよ、これはミョウジョウがやったんだ。この子が逃げないようにって、ミョウジョウが片足を引きちぎったのさ。ひどいでしょ? しかもろくな処置もしないで牢屋に放り込まれててさぁ……僕が命がけで助けてなかったら今頃死んでるんじゃないかな。ちゃんと右脚用意してあげた僕はむしろ親切さ。あ、ねえねえ聞いてよチサトちゃん、石の悪魔どもときたら僕がバカにするつもりで用意した
カカカと笑い、私の顔を見て、慌てて口をつぐむ。
「と、とにかく、そんなひどい目にあったこの子の心は限界だったのさ。助けた時とかひどかったよ。物凄い高熱で、うわ言でお母さんのこと何度も呼んで、とにかく痛そうで……可哀想だと思わない? 思うよね? 思ってるよね? だってチサトちゃんは、優しいもんね……」
薄緑の瞳に、怪しい光が宿る。
「だからさ……ここは君たちが、死んでくれないかな?」
深呼吸。
「君は僕のことが嫌いなんだね」ムラサキは続けてる。「それはまあ仕方ないさ。君にも結構ひどいことしたのは事実だし。でも、この子は君なんだろ? 帰れるのは、どうしたって一人だ。それならこの子をうちに帰してあげようよ……」ムラサキに背中から抱きつかれている彼女の腕が、銃を握りしめ、またゆっくりと持ち上がる。「クロネコとセツの戦いがどう転ぼうと……君が死んだら、僕らの勝ちだ。お願いだ、これ以上この子をいじめないで……」
銃声が二つ、重なった。
一つは私。
ムラサキの頭を弾き飛ばして、
二つ目は、撃たれて倒れていた私。
きっと私たちの中で一番可哀相だった私の頭を、彼女は、迷いなく撃ち抜いた。
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