セツと私2
互いに向けあった拳銃。その奥にある大慌てな表情、伝った涙の痕跡、肩でする呼吸……私の顔。
なんだか、思ったより変な感じだ。馴染み深いようでとても新鮮だ。
私って、外から見るとこんな感じなのか……。
しげしげと互いを眺める。長く伸びた黒髪には癖がなくて、眉はわかりやすいくらいに困り眉。目は少しだけ茶色くて、顎の小さい弱々しい顔つきだ。指先も細く生白くて、なで肩のせいで華奢さが余計に強調されている。今着ている服は二人とも、色もデザインも良く似た黒いドレス。
……結構可愛いかもしれないなって思う。
でも、やっぱり子どもだな。
ひ弱な私の体を眺めていたら、なぜか肩の力が抜けてきて、ちょっとセンチに泣きたい気持ちになってきた。細い脚だ。こいつはこの脚で体を支えて、こんな目に遭いながら、それでも今まで生きてきた。
じゅうぶん頑張ってるじゃないか……。
銃口を向けあっていても、恐怖も気まずさも申し訳無さもない。互いの目が互いを探り、互いに全く同じことを考えてる。きっとビックリするくらいに同じことしか考えていないだろう。それがわかる。わかり合っていることすらわかり合えている。そんな二人が殺意も害意も覚悟もないまま、ただ反射だけで銃口を向け合ったその滑稽さに思わず吹き出した、そのタイミングまで私たちは同じだった。
銃口が下ろされる。ほんの少しだけ向こうのほうが早かったのは、今までの体験の差なのか、それとも単に腕の疲れが理由か。きっと違っているからこそ、同じだってわかることもあるだろう。
「……どんなだった?」
聞いたのは、多分私。
「大変だった」
看板に背を預けて、もう一人の私はため息をつく。雪に照り返された夜の光が顔にくっきりと陰影を作っていて、影絵のように美しかった。
「あの……変な悪魔たちに捕まってたところを、クロネコに助けられた」彼女は続ける。「でも、やっぱりクロネコもクロネコでおっかなくて、危うく無理やり犯されそうになって……」言葉を切る。「まあ色々あって、こっそり逃げ出せたのはいいんだけど、そしたらセツと会った」
「セツと?」
「セツっていうか、あの鹿の幻っていうか」
「ああ、あれね」
「そう、それ。で、危うく殺されそうになったところをまたクロネコに助けられて……結局、観念した」
「そっか」
「……痛かったな」
「狭いもんね」
フフッと笑い合う。「……ひどい目にあったね」
「最悪」
「そっちは、セツ?」
「私は……セツとはしてない。だけど、セツの部下のゾンビに
「……キツイね」
「死ぬほど辛かったけど……でもきっと、ムラサキよりはマシだったと思う」
「ムラサキっていうのは……」
「頭が花のやつ」
「あぁ……」
「ヒドい奴だった。最低のクズだった。私はムラサキから逃げて呪いの森に入ったら、セツに捕まっちゃったんだ」
「ムラサキか」
「ムラサキも……」
私たちは二人で顔を見合わせた。わざわざそれ以上の確認の言葉を重ねる必要はない。二人が考えてることは一緒だ。
ムラサキも、ここにいる私のうちの一人を連れていた。
彼女は今どこにいるんだろう?
大丈夫なのか?
そういう心配を胸に抱いても、二人揃ってどうしたらいいのか全然わからない頼りなさも、やっぱり一緒だ。
……不思議な感じだ。
他人なら許せるのに、自分だと許せなかったたくさんのことが全部、溶け出してぐちゃぐちゃになってどうでもよくなってる。
「……死んじゃおうか」
どちらともなく、呟いた。
「そうだね」
この世界の声は、私たちが一人になるまで殺し合えと言った。でも殺し合ったって、生き残るのはどうせ私だ。誰かは生きて誰かが死ぬ。
なら、今この世界には正解も不正解もない。
自由だ。
私たち二人はここで、わずかな温もりを分かち合って死んだっていい。
この、確かな温もりを……。
二人肩を寄せ合ったのも、どちらから始めたのかはわからない。
私たちはまた見つめ合って、お互いの手に触れ、肌に触れた。意味もへったくれもない、私自身に触れてみたいっていう単純な好奇心だ。こんなシンプルな感情でも、他人が相手では恥ずかしがって遠慮して隠していなきゃいけない。取り繕わなくていいって楽だな。小さい頃、お母さんとじゃれ合ってたとき以来の安心感だ。
額を合わせ、互いの息を感じる。寒空の下に、確かな熱。ちゃんと肉があって、血が通っていて、生きている。近づけば近づくほどその感触が確かなこの感じは、ちょっとセックスに似てるかもしれないって思ったけど、でもやっぱりぜんぜん違う。
一番近いのは、やっぱり親子かな。
「ねえ……」私は、もうひとりの私に囁いた。「私、自分じゃ死ねないかもしれないんだ」
彼女は顔を離し、私を見た。少しびっくりしたみたいだけど、動揺はせずに私の言葉を待っている。
「セツが、そういう悪魔だから」
「そっか」そう言って彼女は笑う。「わかった」
「私を撃ってもいいんだよ?」
「嫌だ。子ども生みたくないし」
「うわ、ずる……」
ブラックなユーモアに吹き出しかけた私たちの間を、風がかすめる。
チカっと目を刺す光。
炸薬の音。
衝撃が走る一瞬前に、私は、少し離れたところに立っている薄桃色のドレスを身にまとった私を見た。
そして、鮮血が飛び散った。
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